9 一般募集の舞台裏(隆慶side)

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9 一般募集の舞台裏(隆慶side)

時が経つ毎に、僕は僕なりにミツクニとの苦い経験を思い返し、自分にも不味かった点があったのを認められるようになっていた。 多分ミツクニの、『陛下を嫌いなのではなく、つき合う内に好きになれるかもしれないと思っていた』というのは本心だったんだろう。だが、ミツクニの心が僕に傾く前に、僕が色々してしまった。要するに、時期尚早だったのだ。 (よし、今度はグイグイいかないぞ) ユウリンの書類を目に留めてそろそろひと月経とうかというある日。やっと心を決めた僕は、とある人物を呼び出す事にした。 至急の呼び出しに応じて執務室にやってきたのは、後宮総指南役であるシュウメイ。すらりと細身で、オメガにしては長身。腰まで伸びた茶みを帯びた灰色の髪を後ろで束ね、白い立襟のスーツを着ている。その姿が幼い頃から見慣れていた姿とは違う事に、僕はまだ少し困惑してしまうのだが。 今でこそ30代前半にして総取締役などという管理職に就いているが、彼の前身は祖父の後宮に入っていた、数人の側室の一人だった。それも、一番最後の。 既に60前だった祖父の後宮に殆ど孫に近いほど歳の離れた彼が入内するまでには、色々な事情があったようだ。その所為なのか、祖父は彼をとても可愛がっていた。部屋にも定期的に渡っていたというが、肉体関係というものはなかったとシュウメイから聞いたのは、つい去年の事だ。しかもその事は祖母も承知していた事らしく、だからこそ他の側室達とは違い、僕ともよく顔を合わせる機会が設けられていたのかと謎が解けた。祖父はシュウメイに後宮内での地位と居場所を与える為にお渡りをしていたに過ぎなかったのだ。 しかし、そういった事は我が国の後宮では珍しくない事なのだそうだ。 『まあ、その時の主上にもよりますが…』 と、シュウメイは言っていたが、僕にはまだよくわからない。 ともあれ、シュウメイは子こそ成さなかったが、陛下の覚えめでたいという事で着々と昇格し、祖父が退位する前には、後宮の中では妃に次ぐ地位である、夫人という立場に昇っていた。その関係から、退位した祖父の後宮が解体され、新皇帝となった僕の新たな後宮を設立するにあたり、その管理者として抜擢されたのだ。 というより、祖父は元々その為にシュウメイを育てていた節もあるような気がする。祖父は、自分の年齢的や体力を鑑みて、おそらく若くして皇位に就く事になる僕の身を案じていた。 ただでさえ幼い頃から引っ込み思案で、父母を亡くしてからは更に内向的になり、しかも最近では親友だった侯爵の孫息子と一悶着起こした不肖の孫だ。 そんな僕に譲位する事を心許なく思い、せめて周囲に信頼のおける者達を配置してやろうと考えたのだろう。 実際に僕は今、祖父が育成してくれていたそんな彼らに助けられているのでありがたいといえばありがたいのだが、幼い頃からを知られている彼らに事ある毎に親や兄のように心配される事には少しばかり閉口気味だった。 シュウメイはそんな彼らの中でも一際心配性の世話焼きで、管理者に任命してからは、『生涯に渡り皇后様をお迎えになる気がおありにならないと申されますなら、せめてお気持ちを安らげてくださるようなお方を早くみつけなさいませ』と、側室候補の身上書を携えて何度もせっついてきていた。僕がそれに答える事は、一度もなかったのだが…。 しかしそんな僕からの、突然の呼び出し。それを受けてシュウメイは急いでやってきたらしく、何事かと少し緊張した面持ちだ。 だが、執務椅子に座っている僕 が手にしている書類に気づいたらしく、表情が変わるのがわかった。 「急に呼び出してすまない。実はこの人物の事についてもう少し詳しく聞きたいと思ってな」 そう言うと、シュウメイの表情はみるみる明るくなっていく。 「陛下、やっとその気に…?ええ、ええ!何でもお聞きください。して、それはどなたの書類ですかな?」 祖父の影響なのか、少し年寄り臭い口調でウキウキと問いかけてくるシュウメイの目の前に、僕は書類を突き出した。 「ユウリン・リーランス…?ああ、確か一般募集で入内した者ですね」 「そうらしいな」 「貴族のご令嬢がたにもご興味を示されませんでしたので、上皇様のご指示で一般募集に踏み切らせていただきました。 陛下。今はまだお心にゆとりが無く、それがお体にも影響を及ぼしておられるでしょうが…その内必ず、誰かを求める日が来ます。アルファでいらっしゃる以上、必ず。私は、できればそれが陛下の番になるお方であってほしいと願っておりますが…」 シュウメイはそう言って、まっすぐに僕の目を見た。オメガであるシュウメイに言われると、何だか切実なものを感じる。そういうシュウメイには番が居らず、皇族だけが授けられる擬似印も無いらしいのだが。もしやその辺にシュウメイの"訳あり"の理由があるのだろうかと思ったが、そんなプライベートな事を聞ける訳もなかった。 シュウメイは言葉を続ける。 「今回の募集では実に二千名以上の応募がございましたが、実際に採用となりましたのは僅か3人。本人達にそれは告げておりませんが、精鋭でございます。 ユウリン・リーランスは、求人担当を任せた私の部下の1人である笹原が面接した者でございます。審美眼の肥えた者ですゆえ、実物も期待してよろしいかと…」 「そうか…」 またしても祖父の手のひらの上。それが癪に障るような、心労ばかりをかけて申し訳ないような。 以前の自分なら、将来の伴侶になる者すら周囲にあてがわれる事に反感を持ったかもしれない。しかしユウリンの書類を見た今では、よくぞ探してくれたものだと感謝している。ここまで僕のどストライクな人材をピンポイントで選定していたとは思わなかった。たまには手の内も悪くない。 そう思って、一般で選ばれた他の2人も一応は見てみたが、ユウリンのように心は動かされなかった。ユウリンの事は単なるまぐれというか、奇跡だったようだ。 「とりあえず、このユウリンという者に会うてみたい」 「御意に」 僕の言葉に、シュウメイは一瞬嬉しそうに目元をゆるませて、すぐに深く頭を下げた。 そうしてその夜、僕は初めて、後に僕の番となるユウリンに会った。
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