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1 陛下と初対面
顔の半分までを覆い隠す、長い前髪の体格の良い男性が部屋の入り口に佇んだ。しかしよく見ればその黒髪は美しく輝きを放っていて、それは日頃よく手入れされている事を物語っているのだが…それにしたって両眼は何処だ。途中からは見えている鼻筋は高いけれど、如何せん全体像がコミュ障のそれだ。
(この方が陛下か…)
聞いていて、ほぼ想像していた通りの冴えない外見に、ほんの少うしだけ気落ちする。そりゃそうだよな。2次元でもあるまいし、身分と権力と財力のある人間が容姿まで優れているとは限らない。いやしかし、皇室に産まれる方々は圧倒的にアルファが多い。特に皇位を継ぐ皇太子は、絶対にアルファがなるものだ。
だから、少しは期待していた。腐ってもアルファなんだし、笹原さんから聞くほど酷くはないんじゃないかと。
「面をあげよ」
ベッドの上で座って三つ指ついて頭を下げて待っていた俺にかけられた声が意外にも涼やかだったから、言われた通り顔を上げた。内心、声は十分イケるじゃん、なんて思いながら。
だが、その期待はあえなく裏切られた。陛下の外見は前述の通りだったからだ。俺は、胸の中にほんの僅かに持っていた希望がぺしゃんと萎むのを感じてしまった。不敬だと言われるだろうけど、そうなった。
なのに次の瞬間、俺を見下ろしていた陛下は、片手でさらりと前髪を上げたのだ。そして、皇室関係の話題に全く興味の無かった俺は、あれだけネットや世間を騒がせたお方の顔をこの時初めて目にした。
「隆慶だ。よろしく頼む」
「…あ、…は、はい…ユウリンでございます…末永う、お願い申し上げます…」
露わになった陛下の双眸は、澄んでいるのに深い青。思いがけないその色に目を奪われて、その造形に心を撃ち抜かれて、返礼が遅れる。
すだれのような髪の下に隠れていたのは、この世のものとは思えないほど綺羅綺羅しい、文字通り2次元から飛び出してきたような美青年の顔だった。
はい皆様、再見。ユウリンだ。
俺は今さっき部屋に運ばれてきたブレックファストを食し、優雅に食後のコーヒー(激甘)を堪能していたら、担当の世話係の侍女ちゃんに陛下のお渡り予告を受け取って衝撃を受けてたところだ。
思わず、冗談だよね?って聞き返しちゃったよね。
『冗談でこんな事は申しません』って言われちゃったけど。そりゃそうか。そんな事、冗談でも勝手に口にしたら不敬罪だよね。
いやでもだって、だってさ?
入内してから今まで1ヶ月くらい、なーんにも音沙汰無かったよ?初日に、"ようこそ後宮へ"ってカードの添えられた、皇室御用達のブランドの特注部屋着セットとか、フルーツセットとか、純プラチナ製のクレカの入った箱が届けられたくらいで…その後はな~んにも音沙汰無いから誰に礼を言って良いのかわかりゃしない。
因みに、クレカは後宮内での階級が上がると色が変わるらしい。ウチの国の皇室、資産持ってるって話だからな~。
俺の採用担当だった笹原さんは、俺が入内してから週1くらいで様子見の連絡を寄越すが、その時のちょっとした雑談では、他のご側室様がたのところにも未だに一度もお渡りが無いらしいような事を言って嘆いていた。関係者は難儀だな。
しかし俺はそれを聞いて、やっぱり陛下は筋金入りのコミュ障なんだなと胸を撫で下ろしていたのだ。だからこそ、御役御免の肩たたきをされるにもあと3年は固いな、と悠長に考えていた訳で…。なのにだな。
「詐欺じゃん」
侍女が部屋を出てったあと、俺はそう呟いた。自分の眉が寄って、眉間に一本筋が入ってる感覚がはっきりわかる。
そりゃ、面接の時笹原さんが言ったのは、お渡りの確率は非常に低いかもしれないってだけだった。低いってだけで、ゼロと言われた訳じゃない。ゼロなら良いなってのは、俺の勝手な願望だ。笹原さん達面接官は、一応期待して俺達側室を後宮に送り込んだんだろうから、その中の誰か一人でも陛下の関心を惹けるならって思ってるだろう。
に、したって。
あの、確認しただけで10数人はいるご側室候補達の中からの一番乗りが、よりによって俺なの~~~??
「はーぁ…」
(…まあ、貰うもんは貰ってるから、仕事と割り切るしかないかあ…)
俺は憂鬱な気分になりつつ、ちょっとした覚悟を決めた。
ま、処女って訳でもないし、別にな。1回ヤっちまえばもう呼ばれる事はないんじゃないだろうかと思うし。だって俺、あのセックス大好きエリアスにすら、殆ど相手にされなかった体だし、多分そんなに具合いは良く無い。
そうなのだ。俺は、顔にはそこそこ自信があるが、セックスには全く自信が無いのだ。
それもこれも、俺の自己肯定感を下げに下げてくれた、あのエリアスの所為。許さん。
何せ俺、それなりにモテたにも関わらず、実はエリアスしか知らない体なのである。しかも、テクも無いからマグロ。
それでも奴と別れてからは、他人に褒められる事でルックスには徐々に自信を回復できたけれど、体の具合いなんて超プライベートな部分への自信なんてもの、回復しようも無い。よって、今夜陛下の夜伽のお相手をしても、満足させられる自信もない。
…だからまあ、1回こなしちゃえば2度目は無いだろう。1回だけ、1回だけ…と、俺は腹を括ったのだった。
…でも、コミュ障陛下…ブサイクだったら、嫌だなあ…。
数時間後にビックリ仰天する事をまだ知らない俺は、この時まではそんな気持ちだった。
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