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一瞬遅れて背後で落下物が舞台や客席に降り注ぎ、会場はパニックに陥る。
自己診断。
駆動制限解除による脚部人工筋肉の異常加熱は通常範囲での運用であれば支障無し。荷重を掛けたままの高速移動で両膝、両足首、右肘、右肩周辺等の躯体骨格に歪み有。若干能力は低下するが通常範囲での運用であれば無視出来る程度。つまりは問題無しだ。
呆然としていた四人のひとり、ベーシストの男が一番に我に返って叫んだ。
「ヤバい、俺のベースがっ!」
舞台へ駆け戻ろうとする男の襟首を掴んで阻止する。
『舞台へ戻るのは危険です。諦めてください』
「だ、だめだ! 残骸でも構わねえ! アレがねえと!」
私は聞き分けの無い男のベルトを後ろから掴むと頭上まで持ち上げた。
『私にはあなたたち四人を守る義務があります。いつ天井が崩れるかも、また爆発があるかもわからない状況で舞台へ戻らせるわけにはいきません』
「う、うるせえ! いいから下ろせ!」
『出来ません』
暴れたところで人間ひとりでこの躯体を簡単にどうこう出来るものではない。この程度は十分に通常範囲での運用のうちだ。
しかし思い入れがある楽器なのだろうが命を危険に晒してまでのものなのだろうか。いや、深入りする必要は無い。今もそうこうしているうちにパニックになっている客席を逆流して舞台に上がろうとする数名の姿が確認出来た。全員顔を隠している。つまりは彼らが犯人の一味なのだろう。舞台に上がってきたということは狙いはメンバーと予測される。
『襲撃者が舞台に上がり始めました。ここを離れます。七番非常口へ向かってください。スタッフと演者専用なのでスムーズに出られるはずです』
それでも抵抗を続ける男を持ち上げたまま他の三人に促すと、彼らは頷き合って私に付き従った。非常ベルが鳴り響く廊下を三人に合わせて駆ける。途中で付近に居たSP三人が合流して八人の大所帯だ。後ろの心配をしなくて良くなったので前方に注力する。
会場周りでも爆発騒ぎがあったようで廊下は少し煙が流れていた。とはいえ酸素濃度は安全圏で有害な気体も混入していない。しかし、七番非常口の少し手前に予定外熱源1を確認。識別コード無。よって属性は不明。
外へ出る者を阻むかのように立ち塞がっているその姿に襲撃者を予測しながら角を曲がる。
はたしてそこには覆面で顔を隠した何者かがひとり立ち塞がっていた。肌を完全に覆う明らかに一般的ではない、特殊な活動用の着衣に軽微ながら防具らしいものも身に着けている。手には黒い素材の木刀らしきものを一本だけ。
確認するまでもない。
『予定を変更します。ここで曲がるのは止めて次の八番非常口へ向かってください。八番も塞がっているようであれば無理はしないよう』
立ち塞がる相手を意識しながらも全員、主にSPへ向けてそう伝えながらベーシストを下ろす。
『ここは私が押さえます』
そう言うのとベーシストが会場へ向けて逆走し始めるのは同時だった。
完全な想定外。今更まだ会場へ戻ろうとするなど、予測出来なかった私が浅はかだったのか。
とはいえ、手の足りない状況で助かる気の無い者を十全に助けるのは無理というものだ。
『護衛対象02が七番非常口前から会場へ戻ろうとしています。舞台上に置いてきたベースを取りに戻ったと考えられます。対応出来るスタッフが居れば対処願います』
無線機に情報だけ流してあとは状況に任せるより他ない。残った六人が素直に八番非常口へ向かうのを確認しながら携帯していた伸縮ロッドを伸ばした。およそ100cmのそれは木刀の長さと変わらない。
「そろそろ始めてもいいかい、お嬢さん」
男性の声だ。
『待っていたのですか』
「慌てても仕方ねーしな」
お互いに得物を両手で持ち、私の上段に対して男は左足を前にしてやや前傾で木刀を体で隠すように構えた。受けの難易度は跳ね上がるが相手に間合いを読ませない脇構え。手の内を知らない相手にいきなり見せるには危険度が高い。よほど立ち合いに慣れているのか自信家なのか、あるいは。
『ひねくれ者め』
無意識にそう呟いていた。
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