AIは金縛りの夢を見るか。

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 しかし自ら差し出すならこちらも遠慮は無用。その頭目掛けて大上段から振り下ろす。  男は木刀の握りに近いところでこちらの切っ先を逸らすように滑らせて受けながら上体は仰け反り、そのふたつを合わせて初めて成立する程度の精緻な間合いで私の初撃を躱した。  更に、酷く不自然な姿勢でありながらその安定感は微塵も損なわれず、受け流した木刀がそのままカウンターとなって私の首を狙った。信じ難い体幹の強さだ。  私は腕を戻さず地面ギリギリまで振り抜きながらむしろ勢いよく上体を伏せて男の一撃をやり過ごし、その動作で出来た溜めを使って海老のように全身を後ろへ蹴り出す。  さすがの男もこの姿勢から追撃は出来なかったのだろう、間合いを取って仕切り直す形になった。 「くっそ、今のは一本入ったと思ったんだけどなあ」 『甘いわたわけが』  口を突いて出た言葉の違和感。なんだ、今のは。 『失敬。続けましょう』  シンプルな中段、正眼の構えに対して男は真正面に木刀を立てた金剛の構え。今度は木刀同士でのやり取りが望みなのか防御重視の構えだが、しかし極端から極端へ走ったものだ。  相手の出方を待ってみたいが余り無駄な時間を使うべき状況ではない。こちらから動く。  左小手を狙った初撃を弾かれ空いた右胴への二撃目を半歩引いて躱されるが想定内。一閃振り切った手首を小さく返し、左脇から右肩目掛けて大きく踏み込みながらの逆袈裟を立てたまま下げた木刀の鎬を滑らせるように逸らされる。まだ想定を出ていない。  切っ先は頭上、流れで行けば上段が最速だがここまでの立ち合いからこの男の金剛の構えが崩せる予測は立たない。ならば。  右手を放して右足を下げ半身に構えると同時に、その動作に乗せるように左腕一本で握るロッドが弧を描いて男の脛を狙った。  男の動きのベースは剣道そのものだ。相当な熟練者と見受けるが、ならばこそ足を狙われた経験は多くはあるまい。刃が無くとも成人男性をものともせず持ち上げるアンドロイドの膂力で打ち据えれば確実に無力化出来る。  しかしあるべき場所に男の足は無い。その両足は小さく跳ねて空中に畳まれていた。  気付くか否かの刹那に頭部へ衝撃。光学センサの情報に乱れが生じ、躯体の動きが制御出来なくなる。  非常用の安全装置が働き、関節がロックされ辛うじて崩れ落ちるのを防ぐが棒立ちだ。  切っ先が弧を描く以上、直線動作と比べれば刹那の隙が出来るのは確かだが、だからと言ってその一瞬にこちらの狙いを読み解いて間髪入れずがら空きの頭を打てるものなのか。 「実戦やってると剣道丸出しのこっちに対して足狙って来るやつほんと多いんだわ。当然警戒してるし対策もしてんだよなー。これはその集大成、守りの硬い金剛の構えで下段を誘って一瞬の挙動の隙に最速の一撃を叩き込む。名付けて秘剣“(あらがね)”」  誘われていた。してやられたというわけか。  得意げに語る男のお陰で時間は稼げているが、しかし機能に異常警告が出ているわけでもないのに相変わらず躯体の動作が回復しない。 『なんだ、この、異常は……』 「あーそれな、たぶん脳震盪なんじゃねーかな」 『脳、震盪? アンドロイドが……?』 「アンドロイド。本当にそう思ってるのか? (しのぶ)(ねえ)」  男の声色が真剣なものに変わった。 『なにを、言って』 「草薙(くさなぎ)(しのぶ)。顔も声も性格も全然違うが手合わせして確信した。あんたはただのアンドロイドじゃない」 『そんな馬鹿なことが、私の名前、型番は【識別コードの無い対象への開示は認められていません】』  自動発声が私の言葉を阻んだ。 『……』  つまり、私の思考はあるべき権限を逸脱しているということ。  そして、躯体の機構は予めそれを想定していたということ。 「おっと、もう時間か。あんたの増援もそろそろ到着するからな、今日はこの辺りでお(いとま)するぜ」 『ま、まて……あなたは、何者……』  男は問いかける私に背中を向けてひらりと片手を振った。 「ちなみに最後にあんたが使った技は“下り新月”だ。その様子じゃアタマは覚えて無さそうだけどカラダは正直だったな。いや、これどっちもアタマなのか? わかんねーけど」  脳震盪と指摘された謎の障害からは回復しつつあったが頭部への一撃がよほど効いているのだろう、躯体の頸部や舞台上で制限解除した際に出た歪みが悪化していて全身が軋んでいる。  とても追える状態ではないし、追えたところで勝ち目もない。限界だった。
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