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虚無のなかに意識が覚醒する。
完全なる闇。
完全なる静寂。
身じろぎひとつ出来ない。
息苦しさすら感じられない。
完全な虚無。
ああ、またこの夢か。
私は人間の女性を模して造られた躯体を操る人工知能、型番YzFBP9372402。アンドロイド、つまりは機械だ。それが寝ている間、休止充電中に夢を見るなど到底論理的ではない。
我ながら馬鹿げている。それも明晰夢。金縛りの夢だなんて……。
『主電源充電率99.997%を確認。正常値許容範囲内。休止モード解除。平常稼働実行』
0.03秒で終えた室内走査を吟味し予定外熱源1を確認。識別コード有。属性は上位・友好。光学センサを起動して対象を範囲内へ捉える。
『蒔苗担当官。おはようございます』
私の開発者にしてメンテナンス担当官である蒔苗楠慧は、おそらくは満足に洗濯もしていないであろうくたびれたシャツと白衣に坊主頭といった、男女問わずおおよそ開発者の外見情報として中央値を逸脱した姿の人物だ。
レンズの大きな黒縁セルフレームを模したスマートグラスに表示されているなにかを確認するそぶりを見せながら私へと瞳孔を向けて大きな笑みを作る。
「やあやあおはよーYzFBP9372402! 充電ミリ減ってんねー。また例の“夢”かな?」
『はい』
あの金縛りのような明晰夢を見た際、システムはその一部に負荷が掛かっているらしく休止モード解除時に主電源充電率が100%に満たない事象が併発するのは既知の事象だ。
「君の思考ルーティンやバックアップの仕組みには人脳を参考にした構造を組み込んであるからねー。“夢”事象の検知やそれに類する不具合は積極的に申し出てくれるとありがたいってわけよー!」
申し出なかったところでその目を誤魔化せるとはとうてい思えないが、彼女は私の“自己申告”という行為こそを重要視しているのだろうか。
『漆黒の闇で金縛りに合う“夢”が発生していました』
だから私は求められるまま正直に回答した。
「おっけーおっけー。なるほど難しいなー。まあアンドロイドだって快適に過ごして欲しいからねー、もうちょっと調整しとくね!」
『よろしくお願いします』
そうは言ったところで特に不快なわけでもない。むしろAIに快も不快も無いのではないかと思うのだけれども、彼女の発言趣旨を理解し切れぬままに、私は任務へと赴く。
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