弐拾玖(最終話)

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 優斗の育ての父は、三科大輔は。きっと友理奈に子どもの交換など申し出ていない。  生まれた子を交換しようと言ったとすれば、それは友理奈からに違いなかった。  わなわなと震えた唇と手足の原因が、怒りなのか、恐怖なのかすら判別できず、優斗は壁に背中を預けたまま天を仰ぐ。 「陸がお母さんを大好きなまま、お母さんを大事に想ったまま逝ってくれてよかった。陸の名前はね、リクエストのリク。お母さんのリクエストに、なんでも答えてくれるいい子になるようにってつけたのよ。だからね陸、今度はあのバッグをお母さんに──」  最後まで聞くこともできず、優斗はその場から逃げ出した。もはや足音に気を配れるほどの余裕もなくトイレに駆けこんだ優斗は、その直後、盛大に嘔吐する。  何度も迫り上がるものを吐きだし、やがて吐くものがなくなっても、優斗は便器を抱えて嘔吐き続けた。苦しさからボロボロと落ち続ける涙を拭うこともできず、脳の隅にある冷静な部分で、豊の最後の言葉を思い出す。  いつか、助けてあげて。  これは──陸のことだ。
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