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「……その男の子は耳が聞こえないのね?」
「うん。携帯もつながんないんだっ」
「でもスタジアムにいて。試合を見ているのね?」
「うん」
やがて、言葉を一つ一つ慎重に選んだような声が聞こえた。
「生まれつき耳が聞こえない人や目が見えない人って、代わりに他の感覚がすごく発達するって聞いたことがあるわ」
「なるほど。耳が聞こえないなら視力がいいとか?」
「視力は変わらないと思う。違うのは集中力よ。目で見ることにすごく集中する。周囲を見回して、車が後ろから近づくとか耳で気づけない危険がないか、身の回りを常に注意して予測している。健常の人より視覚で得る情報量と処理量がはるかに多いの」
「なら小鳥の名前を書いて振ればいいかな?」
「彼は彼女が客席にいることを知らないでしょう? スタンドには応援の横断幕とか広告とか文字情報もたくさんある。予測していない細かい文字情報に気づかせるのは難しい気がするわ」
やっぱりダメか。ため息と共に天を仰いだ時。
「やるなら……」
ヴィオラが、あたしの着火点にスパークを飛ばした。
「彼が一目で気づく絵で見せるしか、ないんじゃないかしら」
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