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「小鳥っ! こっち来てっ!」
あたしはスタンドをさまよう小鳥の腕をひっつかみ、客席を出てスタジアム内のコンクリート通路に連れ出す。
そこで、あたしは。
心で悲鳴を上げながら、茨戸のカレンダーを引きちぎった。
その上にガムテープと、六色の油性マジックをぶちまけた。スタンドに応援の横断幕を掛けていたファンから借りたものだ。
あたしは十二枚のカレンダーを3X4に並べ、ガムテープをぴーっと切って表から貼り合わせる。
―カレンダー、いいのですか?
「もういいわよ。あたしイチ推しの茨戸だけど他に大きな紙がないんだから」
あたしはしゃべる。ノートで会話する時間も惜しい。テープですべて貼り合わせるとカレンダーを裏返した。
「小鳥、そこに立って!」
小鳥はあたしの剣幕と唇の動きで、何をすればいいかわかったらしい。びくん、としてから、素直に立つ。
黒のマジックペンのキャップを抜く。小鳥の顔を正面から十秒ほど見つめ、脳裏に特徴を焼き付けた。
「芦乃原高校初代マンガ部長、東郷乃々さんの腕をなめるなよ」
そして小鳥の似顔絵を、カレンダーの裏紙に描いた。
体全体を使って絵を描くあたしのペンさばきを、小鳥はびっくりした様子で見ていた。何ごとか、と通りかかった人が足を止める。
小鳥は、彼の練習を見ていただけだ。
校庭の遠くから見守るだけの小鳥に彼が意識し始めたのも、彼が視界の情報に集中できるからなんだ。たぶんお別れ会で、彼からメアド交換を申し出たんだろう。
目鼻口耳、眉に髪形。十分ほどでラフな顔の輪郭を描き上げた。
「小鳥っ。支援学校の制服の色、形、教えてっ!」
あわてて小鳥がスマホを開く。同級生の女子の写真があった。
「金糸雀色ジャケット、赤いリボンのタイ、胸にAの校章。十分だ」
記号化された情報は、視覚で訴えるデザインで力を発揮する。上着を黄、髪を黒、タイに赤、瞳に青、背景を緑に茶と、色の違いが際立つよう彩色していく。
即興で描き終えると、あたしは彼女にマジックを渡した。
「小鳥。最後はあんたが願いを込めて書くんだよ」
口の動きだけで小鳥は、あたしの意図を理解した。
一字一字マジックで大きく書き込み、赤で縁取りをした。
「上出来だっ!」
あたしは完成した巨大な似顔絵を丸めると通路をとって返し、人垣をかき分け、再びスタンド席に戻った。
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