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歓声は収束し、両軍が離れ、ラグビー特有の美しい静寂が広がっていく。
その中心に茨戸がいた。
ボールを慎重に地面に置き、両腕を天に差し上げるお得意のポーズで精神を集中する。
ラグビーにはトライの後、ゴールキックで加点のチャンスがある。
あたしはこの瞬間を、八万人の誰よりも待っていた。
茨戸が、あたしたちがいるスタンドを見つめた後。
ゆっくりと助走を始めた。
「いくよ小鳥っ! せいのっ!」
蹴ったボールが美しい円弧を描きながら、二本の白いゴールポストのど真ん中を、正確に抜けていく。
観客全員が息を呑んで注目する、飛翔するボールの真後ろで。
あたしと小鳥はカレンダー裏紙を高々と掲げた。
<私はここです 佐保姫小鳥>
ゴール成功を示す白旗二本が上がる。オールブラックスから日本代表が逆転っ!
「やった! 茨戸、最高っ!」
「バン……ラッ、ト!」
あたしと小鳥は紙を空に放り投げ、抱き合って喜び合う。
バックスタンドの巨大スクリーンに、原戸の逆転ゴールを拡大した感動の場面が何度も再生された。
その画面中央の客席に、あたしと小鳥の作品が小さく、だけどはっきりとはためいていた。
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