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「どう? 彼、来てない?」
スタジアム北のゲート前。小鳥はぶんぶんと首を横に振る。すでに試合は終盤、人影はまばらだ。
そのとき、小鳥のスマホがぷるぷると振動した。
小鳥が指を動かすのももどかしげに、メールの画面を開く。
「メール読めました。四十五分も遅刻して、探したけど小鳥ちゃんはいなくて。すごく怒って帰ったんだと思います。僕は最低の男でした。電車が遅れたのもきっと運命です。本当にごめんなさい。試合を見たら空港に行きます。小鳥ちゃんの幸せを祈っています。さようなら」
「あ……あ……っ!」
小鳥が猛然とスマホの画面をたたき始める。
お願い、届いて。私、います。
彼女の口が無言の祈りをはき出す。
だけど、つながらない。
電話なら電波が通じた瞬間に会話すれば済んだ話だ。
だけど耳が不自由な人同士では、メールは一方通行にしかならなかった。
小鳥はがっくりと肩を落とし、座り込んでしまう。
「席は書いていない? スタンドのどこにいるのか」
小鳥はうつむいたまま、首を横に振る。
チケットを持っているのは彼だ。
スタジアムにはメイン、バック、ポスト裏などの領域があり指定席や自由席の違いもある。改札のエントランスは三十以上。あたしのチケットで入れるのはゴールポスト裏の一角だけだ。
試合が終われば、巨大スタジアムは八万人の観客を一気に吐き出す。出会える可能性は限りなく低い。焦りばかり募る時間は刻々と過ぎる。
ただ、はっきりしていることが一つ。
ここで座り込んでいても、二人は絶対に会えない。
「小鳥。彼がいると信じてポスト裏の席だけでも捜そう」
あたしはヴィオラのチケットを小鳥に手渡した。
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