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スタンドは人、人、人。
小鳥は必死に目を凝らす。この大海のどこかに、彼がいる。
ラグビー専用スタジアムなので客席とピッチの距離は近い。だけどゴールポスト裏の席は楕円形競技場の端っこだ。
小鳥のスマホで彼の写真を見せてもらった。ブドウの房のように実る顔を一つ一つ確かめていく。
だが八万人収容スタジアムは最上段からピッチサイドまで絶望的な高低差がある。階段を上り下りするだけで試合が終わりそうだ。
気がつくと、小鳥があたしの袖を引いていた。
うつむきながら、その口が「もういいよ、あきらめた」と動いた。
「あきらめないでっ! ラグビーも恋もノーサイドの瞬間まであきらめたら負けだよ!」
聞こえないことを承知で、小鳥の両肩をつかんで叫んでしまう。
「小鳥の恋は両想いなんだよ? なくしたスマホが急に出てきて、ここまでたどり着けたのは二人の運命なんだ。神様が最後のチケットを二人にくれたんだよっ!」
小鳥は「運命」という口の動きに、びくっと反応した。
それから、無理に笑顔を作る。
目に力をこめて、また席を探し始めた。
ああ、あたしは何をやってるんだ。
絶対、無理。見つかるわけない。
考えてみれば、スタジアムでぶつかっただけの女の子の恋路にあたしが口出す筋合いなんかない。
……だけど、さ。こんな恋の終わり方、寂しすぎるよ。
耳が不自由なのは、小鳥が悪いんじゃない。
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