グリージョと師匠とアイさん

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グリージョと師匠とアイさん

 ピンポーン。  師匠から独り立ちを言い渡されてから数日後。住む場所も当然居候していた師匠の家を出て本社が持つマンションの一室に住むことになり、さっそく引っ越して荷物を片付けていた最中のことだった。  部屋中に鳴り響いた客人の来訪を告げる音に、手にしていた段ボールとカッターを置いてバタバタと玄関に向かう。 「師匠!」 「よお、邪魔するぜ。片付けは見事に絶不調ってか?」 「すみません……」  今日師匠がいらっしゃると聞いてからなんとかそれまでに片付けを終わらせようと思っていたのだが、残念ながら僕の家事能力ではさらに散らかす結果となってしまった。おかげで今は床に服やら家具やら小物やらが散乱してしまっている。 「いや、そんな時こそこの子の出番だ。な、アイちゃん」  先輩がニヤリと笑いながら後ろを振り向くと、先輩の後ろから綺麗な女性が現れた。緩くまとめられた黒髪、白のニットに黒のロングスカート。そして淡いピンク色のエプロン。顔立ちは整っていて穏やかな笑みが似合う美しい女性で、おそらく年上。 「師匠の彼女さんですか? まさか、奥さん!?」 「なわけねぇだろ。この前話した家事手伝いAIのアイちゃんだ」  そういえば、と先日の会話を思い出す。師匠の僕への家事スキルの評価は正しかったというわけだ。 「さてと、今回は仕事上での使用だからな。アイちゃんに登録したお前のデータは“グリージョ”の名義になってる。アイちゃん、こいつがグリージョだ」  師匠が彼女――アイさんにそう話しかけると、アイさんはこっちを見てにこりと笑った。 「はじめまして、グリージョさん。家事手伝いAIのアイと申します。これからよろしくお願いします!」  ペコリと綺麗なおじぎと共に元気な挨拶をしてくれたアイさんに、僕ももたつきながらも挨拶を返す。 「えっと、グリージョです。よろしくね、アイさん」 「仲良くできそうだな。そんじゃ、あとはこいつだ」 「え? うわっ」  師匠がどこからか取り出して投げ渡してきたのは、分厚い冊子だった。表紙にはデカデカと「家事手伝いAI取扱説明書」とわかりやすいタイトルが書かれている。 「それをしっかり読み込んでおけ。あと、最後に大事なこと。アイちゃんの貸出期限は三年だ。これは厳守。三年後の今日、返却手続きをして本社に返却してもらう。まあその辺のこともその本に書いてあるから。じゃあアイちゃん、グリージョのことよろしくな。グリージョ、またいつか」 「はい、師匠。またいつか」  僕たちの仕事は、明日の命があるともわからない危険な仕事。故に、こうして離れるときは次の約束をしないのが鉄則だ。いつか、この世かあの世かはわからないけれど、あなたに会えることを願って。  玄関のドアが閉まり師匠の姿が見えなくなっても、僕はしばらく師匠の去ったドアの先を見つめていた。
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