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04 第一夫人と処刑
煌苑殿内はやけに慌ただしかった。
数人の医者が目の前を通りすぎ、何事かと柏を見やる。
「申し上げることはできません。織姫は何も心配をなさらないように。さあ、部屋へ参りましょう」
案内された部屋は、ベッドに家具、テーブルや椅子がある客人用の簡素な部屋だ。
カーテンを開けると、衛兵たちが慌てた様子で走っていく。やはり何かあったのだ。
窓際には、小さな梟がおとなしく座っていた。首の辺りをかくと気持ちよさそうに動かす。
「来てくれてありがとう。これを父と母に届けてくれるか?」
事前に書いておいた紙をたたみ、足に結んだ。着いたという一報だ。
窓を閉めたとき、扉が叩く音がした。
織はヴェールを被ってからそっと開ける。
「織姫、今すぐに第一夫人の元へ参りましょう」
彼らはおそらく従者たちだろう。腕にも腕章がついて、煌苑殿の紋様が刻まれている。
「お早く。到着したばかりでお辛いでしょうが、我々を助けると思ってどうかお願いします。急がねば、我々の首が跳ねられてしまいます」
助けるとはどういうことだと疑問が沸くが、「首を跳ねられる」などと恐ろしい言葉が飛び交い、従うしかない。
羽織をまとって彼らの後をついていくと、謁見の間へ入るよう促された。
「どうぞ中へ」
背中を押されるように一歩一歩進むと、玉座には陛下ではなく、煌びやかな金色の縁と、宝石をあしらったドレスを身にまとう女性の姿があった。
「お前が第五夫人候補? ふん、みすぼらしい格好ね。こちらへ来なさい」
高圧的な女人の態度に、従者たちは萎縮してしまっている。
織は顔を上げたまま段差の手前まで来ると、膝をついた。
「一応言うけど、見ての通り私が第一夫人よ。名を名乗りなさい」
「私は織と申します」
「山の村娘だというからどんな風貌かと思ったら……土臭いわ。獣の臭いがこびりつきそう」
そう言うと、女人は高らかに笑った。
「んん? お前……」
女人は織の顔を凝視した。目を細め、頭部から履き物までじろじろと眺める。
「……っ…………おかしいわ! なぜ男がいるのよ!」
肘掛けを強く叩くと、勢いよく立ち上がった。
「…………男?」
「どういうことですか?」
「お前たち、まさか私を騙そうとしたのね!」
「いいえ、そのようなことは! 確かにこの女人は村からやってきた娘です!」
「柏が連れてきた女人で間違いありません!」
首を跳ねられたくない従者たちは、必死に叫んだ。
「……柏が?」
柏の名が出たとたん、女人の眉間に皺が寄る。
まだ関係性ははっきりしないが、柏に逆らえない部分があるようだ。
「ふん、まあいいわ。男であることは間違いないようですし、この者の首を斬りなさい」
「お待ち下さい! いくら第一夫人といえどっ……」
「私に逆らうの? 陛下が不在である以上、私が代わりとなって国を治めているのになんと無礼なことか。貴方も首を跳ねていいのよ」
「……っ…………」
「さあ、命に従いなさい。そのみすぼらしい男士の首を今すぐにちょんぎってしまいなさい」
恐怖というものは感じなかった。現実とは思えない状況に、他人事のようにことの成り行きを見守っていた。
近くにいた衛兵が剣を抜き、先が鈍色に光ったとき、ようやく死ぬのだと判断した。
衛兵は織のヴェールを地面に落とし、結われた長い髪を掴む。そして首を切りやすいように、黒髪を切り落とした。
「…………すまぬ」
衛兵が小声で囁いた。
織は死を悟り、奥歯に隠してあった毒薬を噛み砕こうとしたときだ。
「これは何事ですか!」
声を聞いたとたん、顔が上げられなかった。
目の奥にじんわりと熱が溢れ、目が霞んでぽたぽたと涙がたれた。
突然に「生きたい」という想いが生まれてしまった。それもこれも、彼のせいだ。
「何事だと聞いております。衛兵、その者は第五夫人候補として呼ばれた方。男が触れて良いわけがない。手を離せ」
「大変失礼しました!」
髪を離されると、肩から崩れ落ち何度かせき込んだ。
「瑛……いつ戻ったのですか」
「つい先ほどです。陛下が不在の間、国のお治め感謝致します。これも貴女の命だと判断しましたが、どういうわけかお聞かせ下さい」
「せっかくだから第五夫人候補と仲良くしようと思ったのよ。それなのに女人どころか男士ではありませんか! 私ったらもう驚いてしまって」
「…………男士? 失礼致します」
瑛は織に近寄る。織は涙を払い、膝を折った彼を見つめた。
「……………………」
「……………………」
わずか数秒だが、とても長く感じられた。
五年という月日が流れ、あっという間だった。彼はとても成長した。肩幅もあり、背も伸びた。滑舌の良い低めの声は、貴族としての品を隠しきれていない。
「男士であることは、何か問題でも?」
驚いたのは織だ。瑛を見上げるが、彼はもうこちらを向いていなかった。
「元々、我が国では第一夫人は女人、第二夫人以下は、性別に関して定められておりません。憚りながら、貴女が勘違いをしただけのことでしょう。しかしながら皇后を勘違いさせてしまったことは罪であると判断する。衛兵、この者を地下の牢屋へ。見張りは柏をつける」
瑛は声高々と言い放つと、空気がぴりっと張りつめた。
衛兵は背筋を伸ばし短く返事をすると、織の手を後ろに回し、縄を巻いた。
地下の牢獄は日も射さず、時間の感覚が薄れていく。処刑を待つ罪人には、時間など不必要だと言われているようだった。
人の足音が聞こえ、織は身体を起こした。
「食事の時間です」
「柏……」
柏は申し訳なさそうな、憐れみのこもった目をしていた。
織はお盆ごと受け取ると、
「ありがとうございます」
とお礼を伝えた。
「あまり眠れませんよね」
「少なくとも馬車の中よりは眠れました」
「食事の後、瑛殿下が会いに来られます」
「そうですか」
織は素っ気なく言う。
「どうかお許し下さい。ああでもしないと、皇后は本気であなたの首を跳ねようとした。皆の前で処罰を告げることにより、処刑を避けようとしたのです」
「ええ、もちろん把握しています。瑛は私を守ろうとしてくれました。皇后ならば地下の牢獄へいらっしゃいませんから、目も手も届かないでしょう」
「二、三日はここでお過ごしになられるかと思いますが、私が側におりますので、何かありましたら遠慮なくお申しつけ下さい」
「ありがとうございます。貴方が側にいてくれて、心休まります」
柏は苦笑いを浮かべた。
「それは瑛殿下へおっしゃって下さい。お喜びになられますよ」
「そうでしょうか」
「御髪も、牢獄を出た後に整えましょう」
伸びた髪は肩よりも短くなってしまった。髪は神が宿るとされ、どの村でも貴族の間でも伸ばしている人が多い。
誰かが階段を下りてきた。貴族は足音すら優雅だ。どたばたと大きな音を立てて歩かない。
「瑛殿下」
「柏、変わろう。お前は夕餉を取れ」
「はい。では上に参ります。織姫、のちほど」
女人ではないのだが、と言いたいが柏はさっさと階段を上ってしまった。
牢獄はいくつか並んでいるが、収監されているのは織だけだ。必然的に瑛とふたりきりになる。
「まさか驚いたな。男だったとは」
瑛はなぜか嬉しそうだ。
「言い訳ですが、先に勘違いしたのは瑛殿下ですよ。……その後、否定しなかったのは私ですが」
「なぜ男だと言わなかったんだ?」
咎める言い方ではなく、純粋な質問として瑛は質問してきた。
「瑛殿下は、私を好いていて下さいました。お貴族様と村人ですから、二度と接点はないと思ったのです。だから、夢を壊してはならないとあのときはそう思いました」
「なるほど」
「ですが、今となってはちゃんと話しておけば良かったと感じています」
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