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「さてと、今日も一日頑張りますか」
「私は今日、頑張れないかも~~。だって終電ギリギリで逃げ出して帰って来たからさぁ……三時間しか寝てないのよ」
「そんなの関係ないから。ほら、仕事仕事!」
「はぁぁぁぁぁ~~~」
老舗デパートの化粧品売り場で働く私、沖野芳香、26歳。
同じ売り場担当のひとつ歳上の先輩、田中春菜とは友人兼合コン仲間な間柄。
春菜は先輩だけれどとても気さくな性格をしていて後輩である私のタメ口にも寛容だった。
「すみません、このリップの新色って在庫無いですか?」
「申し訳ございません。こちら人気商品でして只今追加発注をかけております。来週の月曜日には店頭に並ぶ予定になっています」
「そうですか、分かりました」
いくら眠くても仕事は仕事。
(やる時はやらなきゃいけないのよねぇ)
その時、突然鼻を突く強烈な匂いが私を襲った。
(な、何、この悪臭は!)
鼻を押さえながら辺りを見回すと、店頭の化粧品を見ている中年女性の傍らにいる男性から発せられているものだと分かった。
(こ、これは酷い…! 体臭が公害だわっ)
久しぶりに遭遇した悪臭によろけながら春菜に耳打ちした。
『すみません……ちょっとつきあたりに行かせてください』
『……了解』
なるべく自然な流れで売り場から離れて行った。
ちなみに『つきあたり』とはこのデパートの隠語でトイレを意味する。
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