Episode05

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だけどあの時、私は明登の元から去った。 私にとってはひとつの苦い思い出に過ぎなかったものでも、そんな状態にあった明登にとってはそれは結果的に更に絶望を与える出来事になってしまったのだ。 再会した時、明登が私に対して剥き出しにしていた憎悪の裏にはそんな訳があったのだと知ると益々後悔の念に晒された。 「あの母親はさ、結構辛い幼少時代を過ごして来たみたいで随分苦労したんだそうだ。あ、それは母親が保護された施設の先生から訊いた話なんだけどさ」 明登の母親は一時的に公的施設に入所させられていた。 其処で精神的なケアを受け、明登と隔離されて生活することで徐々に精神を安定させて行ったそうだ。 そういった背景から明登は母親とは極力顔を合わせない生活をして来たのだった。 明登は周りのサポートや援助を受けながら高校を卒業し、奨学金で大学に通っている。 「俺、勉強して働いて金貯めて会社起ち上げたいんだ。困っている奴をサポート出来るような会社を。まぁ、まだ具体的にどういう事をやりたいかとか決めていないんだけど。今は大学行きながらそれを探しているって感じ」 沢山傷ついて来た明登が見つけたささやかな、でも壮大な夢を私も一緒に夢見るようになった。 「どうしようにもない母親だけど……俺を生んでくれたことには今は感謝している。だって生んでくれなきゃこうやって芳香には会えなかったんだもんな」 そういって微笑んだ明登の顔を私は一生忘れない。 大人と子どもの狭間の、ほんのわずかな時にだけ見られるだろう何ともいえない笑顔が見られたことを奇跡に思った。
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