令嬢と惚れ薬

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「では誰のための惚れ薬でしょうか」 「それはお教えできません」 店主は顎に手を当てた。 「薬を作るのに必要ですか?」 「いいえ、材料さえあれば簡単です。しかし惚れ薬は万能ではありません。薬を用いてまでは相手を射止めたいと思っているのでしょうか」 彼女が作る惚れ薬の効果は絶大だが、万能ではない。持続期限があるのが欠点だと作り手自身が思っていた。一度用いると惚れさせることは可能だが、薬はいずれ切れ、関係や気持ちは元に戻る。否、元に戻るのは良い方だった。薬を自身に用いたと知れば、嫌悪感や不信を抱き、離れていく者も多い。その別れを防ぐために更に薬を用い、大切な人を薬漬けにしてしまう事象が後を絶たない。  ミーシャは頷いた。 「そうですね。私が間違っていました」 「では、お帰りください。お嬢様がいらっしゃるところではありません」 「いえ。薬は作って頂きます。ただ惚れ薬ではなく、効力を抑えた物をお願いします」 「抑えた?」 今度は店主が眉を顰める番だ。 「はい。少し心を開かせるだけで構いません。あの方とお話ししたいとさえ思えば、彼ならば想い人の心を落とせるでしょう」 「随分と信頼されているのですね」 「あの方には魅力が溢れていますから」 氷のような令嬢との噂は噂でしかなかった。微笑で婚約者を思い浮かべる彼女は華のように美しく、店主は息を呑んだ。 「……かしこまりました」 「ありがとうございます」 必要な経費、材料、日数の相談をすると、すでに日は傾いていた。 「ではよろしくお願いいたします」 「はい。完成しましたら屋敷に届けます」 令嬢の後ろ姿を見送り、店主はカウンターに肘をつき、ひとりため息を吐いた。 「まぁ、がっつり稼がせて貰うよ」
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