令嬢と惚れ薬

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 ミーシャの婚約者である第一王子に想い人がいると知ったのは偶然だった。その日の妃教育が済み、書庫で調べ物をしようとドアノブに手をかけた時、数人の話し声が聞こえた。 『殿下、結婚も間近となったのにまだ想いを告げていないんですか?』 『仕方ないだろう。世間話も碌にできず、笑いかけてすら貰えていないのに、愛の言葉なんて言えるか』 『そうだが……。早く告げなければ結婚してしまい、後には戻れない』 『悲惨な結婚生活が待っていると分かっても、殿下に勇気がないのだからな』 聞き覚えのある声ばかりだった。ミーシャは婚約者の側近たちの話に愕然として、ドアノブに伸ばした手を握りしめた。震えて離れようとしない足をどのように動かして物音を立てないように馬車へと向かったのかは定かではない。ただいつのまにか彼女は涙でベッドを濡らしていた。  薬屋の店主に告げた『恋をしていない』は嘘だった。婚約者は自身を愛していないと現実を突きつけられ初めて、彼女は自身の恋を自覚した。 『この薬をに飲ませてください。あら不思議、誰もがに心を開いてしまいます。罪を自白させるのも、恋心を告げさせるのも、1秒で友人になるのも簡単です。パッと一滴垂らして、微笑んで渡したら成功です』 屋敷に来た店主から必要事項を軽く告げられただけの薬瓶は小さく、令嬢が握りしめただけで隠すことができた。 「私がお飲み物をお渡しします」 「いえ、ですが」 「あなたはあちらの方にお渡ししてください」 「……っはい」  怯えたようにメイドが俯いて、走り去る姿を確認すると、繊細な細工がされた蓋を開けた。要望通り無味無臭、無色透明で水のようだ。一滴垂らしても、赤ぶどうの色は薄まっていない。ミーシャは固い表情の裏で微かに笑った。 「ミーシャ?どうしたんだ」 婚約者の声に振り返ると、いつも優しい顔立ちを顰めて立っていた。民や貴族たちには優しく微笑む彼はミーシャの前ではあまり笑わない。彼の憮然とした表情に胸がチクリと痛んだ。 「そのジュースが気になるのか?」 「はい。殿下が気に入ってくださるかと。私たち、侯爵家の領地でとれたブドウから作っております」 「あ、ああ。そうか、ありがとう」 形のいい目は開かれ、澄んだ青い瞳がミーシャを映した。彼は骨張り、剣で鍛えた手で細いグラスを受け取った。薄い唇にグラスが添えられ、赤い液体がその奥へと流れ込んだ。 「うん、美味しい」 引き攣った笑顔にミーシャは頭を下げた。瞬間、ガチャンと物音が響く。
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