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『薬屋 どんな薬もご用意いたします』
簡潔な看板を見上げて、黒髪の女性が深く息を吸った。ほつれのない外套には上品で繊細な刺繍で飾られ、身分の高さを表していた。彼女は何度か周りを見渡すとドアノブに手をかける。カランと軽い鈴の音が森の静寂を破った。
「いらっしゃいませ」
低くも高くもない声が彼女を迎える。ブラウンの髪を顎のラインで切り揃えた店主が振り返った。気だるげにカウンターに寄りかかる。小屋の中は片付いたカウンターと椅子だけがあり、薬は置いていない。カーテンの隙間から溢れる陽の光が舞う埃を照らしている。
「何をお探しですか?」
「惚れ薬を一つ」
「はぁ」
店主の深いため息に訪ねた女性は眉を顰める。
「あ、ごめんなさい。よくある面白味もない注文だから。今週でもう5回目さ。さっきも大柄な男がやってきてさぁ。まぁ気にしないで」
客を相手に話す内容ではないと、黒髪の女性は思ったのか表情は緩くならなかった。固い顔を気にせず、店主はまだ言葉を続ける。
「まさか貴女までそんな薬を頼んでくるとは」
「私をご存知ですか?」
「もちろん。侯爵令嬢のミーシャ様でしょう。クールビューティとの噂はうかがっております。でも普通の恋する令嬢だったようね」
ミーシャは片眉を上げた。
「私は恋などしておりません。それにそのようなお粗末な噂をされた覚えはありません」
「惚れ薬を必要としているのに?」
「私に惚れさせたいのではありません。ある人の恋を成就させてあげたいだけです」
気高く真っ直ぐな瞳が店主を捉えた。
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