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「一人で歩いて行ったと言ったね。ところで君は、僕がなぜこんな遅い時間まで研究室に残っているか知っているか? それはね、他の学生や教授たちが帰って研究室に一人になると、誰にも気づかれずにドアの下に付いている通気口の隙間から廊下を覗くことができるからだよ。
僕は芹沢ちゃんが大学院生になる前、学部生だった頃からずっと目をつけていたんだ。学食ですれ違ったときに彼女の体臭と化粧の混ざり合った匂いを嗅いだ時に僕の気持ちは決まっていたんだ。
赤坂研究室の向かいにある青山研究室から芹沢ちゃんが出てきたとき、ちょうど一番扉に近づくんだよ。足元の方から上半身に向かって見上げる姿は格別で、その瞬間が訪れる時に僕は興奮に満たされる。最接近するたびに僕はたまらない気持ちになるんだ。
今日だって僕は芹沢ちゃんを覗き見ることを楽しみにしていたのに、今日はいつもと事情が違った。芹沢ちゃんが部屋から出てくると君もついてきていた。話の内容までは分からなかったけれど、二人で廊下に出てきて、二人一緒に書庫の中へ入って行ったんだ。
日も暮れたこんな時間に、恋人同士が狭い書庫の中に隠れて一体どんなことをするのかと想像すると、僕は好奇心をくすぐられてとても冷静ではいられなかったよ。
君たちが部屋の中に入ると、廊下を徘徊するアイリーがやってきた。夕方を過ぎた頃になると、人が残っている階に移動をしてくるんだ。アイリーは人型AIなんだが、それは明らかに女性型でね。誰がアイリーに服を着せようなんて思ったんだろうね。役に立たないAIとはいえ、通気口から見上げるその足や腕、胸の曲線美は不思議と色気を感じさせるんだ。考えてみれば、役に立たない方が可愛げがあるようにも感じてくる。
僕が見惚れていると、またしても君が現れた。君はアイリーまで部屋の中へ引きずり込んだ。書庫の中で一体何が起きているんだと、僕がどれほど興奮したか君にわかるかい」
こんな話を聞かされた小林は押し黙ったまま硬直した。太田の趣味の話ではなく、自分の姿を見られていたということに小林は愕然としていた。
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