カカシは笑う

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「キシマのおばさーん」 新しい案山子が見られる。そう、少し浮かれた気分で、田んぼに顔を出した。 私の声に顔を上げて、おーいと手を振ってくれたおばさん。 「ナギハちゃん、ベストタイミング! 今から置くところだよ」 ほら、とおばさんが指差した先に置かれていた案山子。 「あれ? それって」 思わず首を傾げた。案山子だけど、ただの案山子じゃない。最近ニュースで見たばかりの、覚えのある形。 「アンドロイド案山子じゃない? 男性タイプの」 「その通り、よく知ってるね。国から置いてほしいって送られてきたんだよ」 アンドロイドとは、人間に酷似しているロボットのことだ。ロボット自体は珍しくないが、アンドロイドは値段が高いこともあってまだ普及はしていなかった。 そんなものを案山子に使う。 そもそも、アンドロイドもロボットだし、ロボットは機械だ。ひと昔前より改良されたとは言え、雨風にさらされる時間が長い田んぼには向いていない。値段の割に長くは使えないはずだ。 「おばさんは、お金出してるの?」 「いいや、国から配布されたんだ。鳥による被害がこれでどれだけ減らせるか、っていう全国的な実験調査らしくてね」 おばさんは、アンドロイド案山子を抱えて置きながら教えてくれた。どうでもいいけど、重さは六十キロはあると聞いている。力持ち。 それを聞いて、ふーんとさらに首を傾げる。言ってることは分かるけど、それだけのためにわざわざ全国の農家にこれを? 「これは太陽光で充電するから、何もしなくていいって。楽でいいね、今までの案山子みたいに様子を見に来ることもしなくていいし。言葉を発することはないみたいだけど」 「喋らないの?」 「そう、発声部品がないんだ。案山子には必要ないだろうって」 確かに案山子が喋ってたら不気味な感じもするし、必要性はないのかもしれないけど。 「ロボットはみんな喋るから、このアンドロイド案山子も喋るのかと思ってた」 あはは、と豪快に笑ったキシマのおばさん。 「そうか、そうだね。私らが子供の頃は喋らないロボットの方が多かったから何も思わなかったけど、今の子はそう思うのか」 時代は変わったねえ、とおばさんは呟いて立ち上がった。 「ほら、もうすぐ日が暮れるよ。おばさんも帰るから、ナギハちゃんも帰りなさい」 言われてみれば、空が赤くなり始めている。お母さんも心配し始める頃だ。素直に私は頷いた。 「はーい。さよなら、おばさん」 「気をつけるんだよ」 おばさんに手を振って、家までの道を辿る。 アンドロイドには元々興味があった。色々調べたりもしている。だから、アンドロイド案山子のことも一応知っていたのだ。知ってはいたけど、あまりにも値段が高いから見られるとは思っていなかった。 なのに、身近な田んぼで見られる。 わくわくした気持ちで、これからのことを考えていた。
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