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最年少名人
隼鷹 魁人といえば、将棋の代名詞と言っていい。
中学2年生でプロ入りし、生い立ちからのストーリーが本になって何冊もベストセラーになっている。
勝つたびにニュースを賑わし、順位戦では9割越えの勝率を上げた。
順調に昇級を続け、今期は最高位のA級1位。
名人戦にも勝ち、史上最年少名人になったのである。
「隼鷹名人、おめでとうございます。
デビューから一番印象に残った一局はありますか」
インタビューに、戸惑いながら答えた。
「一番はプロ入り直前の一局です。
自分の将棋観を変えるほどのインパクトでした。
どの将棋も苦しい局面ばかりで、勝てたのが不思議です」
会場に笑いが起こった。
この天然おとぼけキャラも人気の秘密である。
祝賀パーティーで笑顔を振りまき、ひとしきり終わると自室に籠った。
「ふう。
俺もまだまだだ。
名人になっただけで、将棋は全然穴だらけだった ───」
パソコンを起動すると、名人戦の自戦譜を並べコンピュータの評価値を見る。
すでに人間はコンピュータに勝てないと言われている。
あと10年早く生まれていれば、コンピュータと真剣勝負できた世代だった。
今ではまともに勝負しようなどと誰も思わないし、興行的にも成功しないだろう。
お互いに悪手は見当たらなかった。
でも勝ったのは自分だった。
何が結果をもたらすのかは、一局の流れの中で決まっていく。
強さとは何かと問われれば、
「ただの思い込みです」
と言うしかない。
インタビューの答えは本気だった。
なぜ勝ったのか不思議である。
勝ち星が多いと対局数も多くなり、研究に割く時間が少なくなった。
外を歩いていても、頭の中に将棋の局面が閃いてどこを歩いていたか分からなくなる。
今日の日付もあまり意識しないし曜日などプロ棋士に関係ない。
イベントや取材は極力断っているが、ほとんどプライベートな時間がとれなかった。
頭にはいつも将棋盤。
寝ても覚めても対局を振り返る。
棋士とはこういう生き物なのだ。
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