応戦

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応戦

 何分考えただろう。  認識の甘さを責めた牟田は、次の手を指すか迷った。 「投了もある」  平たく言えばギブアップである。  想定外の手が飛び出したのだ。  だがすぐに、弱音だと叱咤(しった)する。  相手の手を見て対処する、アレをやろうと決めた。  次の手は飛車先を突く。  超急戦で一気に攻め潰す手もありうるから、こちらも気合い負けしていられない。  真正面から攻め合うと見せて、形を作っていく方針である。  隼鷹は(かなめ)となる飛車の動きを保留したまま、金銀を繰り出し桂馬を跳ねていく。  1段目に空間ができた。  飛車を深く引き、地下鉄飛車が完成する。  最下段で攻撃の起点を自由に変えられる戦型である。 「名人に定跡なしだな。  この一局から、どれほどの新手が生まれるのか」  ニヤリと口元を上げた隼鷹は、楽しんでいるように見えた。 「牟田さんこそ。  雁木が進化しています。  やはり、名人戦で感じていた違和感の答えがここにありました」 「どういうことだ」  答える代わりに、長考に沈んだ。  牟田が選んだ筋はツノ銀雁木という形を先に作り、玉を動かさずに待つ戦術である。  通常の雁木よりも囲いの自由度が高い。  3手で狙いをつけた右辺に玉を囲う意表の展開を本筋として考えている。  すでに7筋の歩は消してあるが、相手の手に乗って囲いを作っていく構想があった。  何もかもが目新しい。  緻密な読みと、たゆまぬ研究が支える薄氷の筋だった。  隼鷹は身体を前後に揺すり、リズムを取り始めた。  あらゆる展開を網の目のように巡らせ、すべてを検討していく。  中盤の分岐点である。  数時間考えても結論は出そうもない。  それほど創造的な筋が出現していた。
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