砂のなかの楽園

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2.やんちゃな七さいのレディ  岩場の砂だまりにしゃがみながらゴーグルを外したユクヒトは、背嚢(バックパック)をおろす。背嚢の口紐をゆるめて金属製の器具を取り出していた彼の手元に、ふいに影がさした。 「それなあに」  声をかけてきたのはここ数日で見なれた子ども。  ちいさな体で岩のうえに立ち、黒い髪を風にあそばせている。濡れたように光る瞳は髪の毛と同じ色をしている。ふっくらとした真っ赤な頬とほそい首がアンバランスながらも両立していて、そでなしのワンピースドレスのすそから日に焼けていない白い足がのぞいている……。  そこまで観察したところで、ユクヒトはすぐさま立ちあがった。 「カイカ! そのような恰好で外に出て……!」  言い終わるまえに、ちいさな体が岩のうえから飛びおりてきた。まよいなく降ってきた子どもを両手で受け止めたユクヒトは、片手で彼女を抱えたまま背嚢の中身を出し、そのうえに彼女をおろした。  そして手早く自身が身に着けていた外套(コート)をカイカの肩にかけてフードもかぶせる。むき出しの足と自身の軍靴(ブーツ)に目をやって、すこし考えてから白いシャツの釦(ボタン)をはずしにかかる。 「こんなカッコウ、だめ? いつも着てる服だよ」  ゆび先さえ見えない大きな外套のそでをふりながらカイカが首をかしげるのにあわせて、大きすぎるフードがかたむく。  それにうなずき返しながらひざまずいたユクヒトは、脱いだシャツをカイカの腰にまきはじめる。 「だめです。あなたの言ういつもとは、聖域でのことでしょう。あの場所とちがって地上には人間の体に有害な物質が多量にあるのです。いくらあなたが耐性を示す遺伝子構造をしていようとも、実際にどの程度まで耐えられるかは徐々に調べていかねば……」  だめだという理由を述べながら、ユクヒトは子どもの格好を確認する。たよりない手足もちいさな頭もすっかり布にくるまれて、太陽光にも砂風にもふれていないことを確かめてからそのちいさな体を抱きあげた。  そのまま歩きだすロボットの腕のなか、カイカが身じろぎしてユクヒトの肩ごしに岩場をふり返る。 「ねえ、おかたづけしなきゃ。ユクヒト、リュックのなかみだしっぱなしだよ」    リュックも持ってかえらなきゃ、と続けるけれどユクヒトの足は止まらない。 「あとで取りに行きます。それよりも、あなたを安全な場所に連れて行くことのほうが優先されます」 「ええー。もうかえるの? あたしもちょっとくらいおそとであそびたい」 「施設の中庭があるでしょう。カイカ専用です。上部に光の透過性が高い防護シートを張っているので、カイカならば比較的安全に屋外にいる気分を味わえると推測されています」  施設を案内する際に一度した説明をそのままくりかえすが、子どものほほはふくれたままだ。 「せっかく地上にきたんだから、ほんとのおそとがいい」 「すこしずつ、試していきましょう。まずは空気。それから光、土や水へのカイカの耐性をゆっくり確かめていきましょう」  そう告げてもふくらんでいる赤いほほにユクヒトはすこし考えて、わずかにのぞくちいさな指先をそでにしまいながら遠くに目を向けた。 「……あなたが地上の土に耐性があるとわかったときには、あの丘の向こうを見にいきましょう」  言われてカイカがユクヒトと同じ方向を見れば、遠い砂山に動く影があった。  四つ脚を器用にあやつり、斜面をのぼるのは運搬用ロボットだろう。一定の間隔をあけて進む行列の先は、砂山の向こうにとぎれて見えない。 「あれ、なあに? なにかはこんでるの?」 「苗木です。苗木を運び、比較的汚染のすくない土壌に植えるのです。健全な大地の育成を目的とした作業です」  むくれたほほのことをわすれたカイカが首をかしげたので、ユクヒトは言葉を選びなおした。 「カイカがいつものカッコウで遊べる場所にするために、木を植えているのです」 「ふうん」  遠くを見ている子どもは、納得したのかしないのかわからない返事をよこす。 「はやくいきたいなあ」  こぼれた言葉よりも、焦がれるような瞳が雄弁に語っていた。
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