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3.十一さいのレディはまだまだ子ども
草も生えない砂のうえをはずんだ足どりがすすんでいく。飛び跳ねぎみな足あとに続くのは、規則正しく一定の歩幅で進む足あとだ。
「カイカ、そのようにはねると転びますよ」
一列になった運搬用ロボットに近づきすぎないように気を配りながら、ユクヒトがカイカに声をかける。
「だいじょうぶ。もう子どもじゃないんだから転ばない、よっ!」
返事をするカイカの足はよりいっそう落ち着きをなくす。ときに走りときにはねるその足どりは、いつでも浮かれてつま先立ちだ。
「そのように急がなくても、予定時間内に目的地にたどり着きます」
聞き届けられないとわかっている注意をくり返すユクヒトは、少女との距離がはなれすぎないように歩行速度をあげた。
少女の動きにあわせてひるがえるスカートが風に流されるときには風上に立って、吹きつける砂つぶからやわい肌を守る。やさしいそよ風が吹くときには半歩さがり、ひたいに浮いた汗がひくように努める。
そうして、苗木を載せた運搬用ロボットに遅れながら砂ばかりの地をゆくことしばらく。
丘の向こうを目にしたカイカは、おもわず声をもらした。
「うわああぁー……!!」
眼下にひろがる盆地一面を埋めつくすのはみどりの絨毯。あちらに濃いみどりがあると思えば、こちらには淡いみどりが広がっている。やわらかそうな一帯もあれば、ごわついて見える箇所もある。
運搬用ロボットが連なって消える先には、地上に残されたあらゆる木々が植えられていた。
「すごい、すごい! こんなにたくさんの木がほんとうに生えてるなんて、はじめて見た!」
興奮したカイカは、ほほを染め瞳を輝かせたまま丘の斜面を駆けおりてゆく。
砂に足をとられて転んでも気にせず起きあがり、また走りだす。はじめて目にする本物の木をめがけて駆けていく。
「カイカ、口や目に砂は入りませんでしたか?」
追いついたユクヒトが声をかけたときには、カイカは木の幹に抱きついて頬ずりしているところだった。地を這うみどり、空にそよぐみどりに囲まれた少女はお気に入りの白いワンピースを汚す砂を気にもかけず、うっとりと目を閉じてほそい木の幹を抱きしめていた。
こんなときはいくら呼んでも返事がないとここ数年で学んだユクヒトは、砂まみれの少女をはたきはじめた。
あるロボットは苗を運び、あるロボットはそれを植えている。植えた苗を管理するロボットが生育を記録し不要な枝を切りおとす横で、頭、肩から腕をはたいているとカイカのまぶたが持ちあがる。
「ざらざらしてる。だけどイヤなざらざらじゃない。なんだかあったかいの。それがなんだか気持ちいい。これが木なのね。ほんとうの、生きている木なのね」
真剣な顔で瞳をいっそう輝かせてカイカはいう。いつもより強いきらめきに射ぬかれて、ユクヒトが返せたのはまばたきひとつだけだった。
「なんてきれい。なんてすてき。木陰はすずしいのね。木の葉がこすれる音はこんなにはっきりしていたのね。地下で見たどの映像よりもずっとずっとずーっと、すてき!」
やわらかく細められた瞳を向けられて、ユクヒトはつられたように笑みを形づくる。
目を細めて口角をあげたその表情は、なぜか少女のお気に召さなかったらしい。ごきげんな顔を一転させたカイカはほほえむロボットをにらむようにして見た。
「なのに、どうしてユクヒトはそんないつもどおりなの?」
「どうして、と問われましても。そのような設定がされていないからです。ロボットの感情に起伏をつくるのは、現代の技術ではむずかしいのです」
作業用につくられたロボットとして精一杯の回答をしたユクヒトだが、少女の眉間のしわは深まるばかり。
木の幹から離れたカイカは、不機嫌な顔のままロボットの胸にこぶしをぶつける。
「だったら、これつかえばいいじゃない。ここに埋まってる特別なやつをつかえば、ロボットも感動できるんでしょ」
ちいさなこぶしが添えられた自身の胸を見おろして、ユクヒトはかすかに笑う。胸に埋めこまれたちいさな部品を思い浮かべてこぼれた笑みは、彼が人間であったならきっと苦い笑いであっただろう。
「これは、そう簡単に使うものではありません。ヒト型ロボット一体につきひとつしか与えられない、交換不可能なパーツなのです。使用回数のわからない消耗品ですから、いざというときのためにとっておくのです」
「ふうん。いざって、いつ?」
不機嫌な顔をしまった少女の問いに、ロボットは首をかしげた。
「それはまだわかりません。けれど、今ではないでしょう。『ココロ』は、時が経てばふたたび芽吹くみどりに使うものではありません」
やんわりとした口調のユクヒトだけれど、このロボットがけっこう頑固なのは数年をともに過ごしたカイカにもわかっていた。
納得がいかないという顔をしながらもそれ以上の言及をやめた少女に、ユクヒトはとっておきの情報を教えることにした。
「それよりも、これだけの植物があるのですからどこかに花が咲いているかもしれません」
それを耳にした瞬間の彼女の表情こそが、花が開いたかのようだった。
「なんてこと! 頭のかたいロボットにかまってる場合じゃない。急いで花を探さなきゃ!」
まるで、今すぐ見にいかなければどこかで咲く花が枯れてしまうかのように、カイカはあわてて駆けだした。そのまま走り去るかと思った少女は、興奮に赤くなった顔でくるりとふり返るとひとこと付けくわえる。
「こんなにきれいなのに感動しないなんて、もったいない!」
いうだけ言って、少女はそよぐみどりへと駆けていく。生い茂る蔦を踏まないように、はり出す枝に引っかからないように身軽にスカートをひるがえす。
残されたロボットは肩をすくめ、遠ざかる彼女を追ってみどりのなかに歩いていった。
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