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12 マキウスの視察
マキウス様がマイミア路線を使ってタクラン駅までやってきた。王都入り口からリバーサイド駅を経由してだ。
先触れが来ると思っていたから屋敷で待っていたのだけれど、マキウス様はタクラン駅にいるらしい。ロイが慌てて屋敷に連絡してくれたので助かった。私はあわてて馬を走らせ、タクラン駅に迎えに行った。焦ったわ。
馬車で王都からくるのと、少し遠回りだけれど、マイミア駅からリバーサイド駅、それからタクラン駅まで鉄道で来るの。どちらが早いか検証したかったらしい。後から先触れ役の方がうちに来て、恐縮しまくっていた。ちょっとかわいそうだった。
「ここは緑も豊かでいいですね」
私は馬を預け、馬車を手配する。マキウス様はいつものビジネス用のカチッとした服装ではなく、リラックスができる白いシャツと緩やかなスラックスを履いていた。なんだかドキドキするのは、緊張のせいだろうか。いつもと違った雰囲気のマキウス様は周りより鮮やかに見える。
マキウス様の目は興味深そうに輝いていて、少し幼く見えた。楽し気な様子に、私はイケメンはカジュアルになってもかっこいいと思ってしまった。
「そうですね、タクラン駅の方は町とその郊外は畑や森に囲まれています。反対側は鉱山です」
「なるほど。もしかしてマイミア駅のトンネルは鉱山のトンネルを再利用されたんですか?」
「はい。使わなくなったトンネルの再利用として、最初は住民用に列車を運行していたのですが、鉄道計画が持ち上がったので、本格的にトンネルを補強し使うことにしたんです」
「そういうことだったんですね。通りでトンネル工事が早かったわけだ。アルフレッドが学生時代に自信ありげに鉄道を通すと言っていたんですが、目算があったんだなあ」
マキウス様は笑った。
目が細くなって、目じりに少しだけ皺が寄った。笑うと少年のようだ。あどけない一面が見えて、心臓がドキンと跳ねた。
「お兄様が昔から公言されていたなんて、知りませんでした。でも、無事トンネルが使えてよかったです」
「いま掘り進めている鉱山のほうは、順調なのですか?」
「はい。枯渇しないように制限しながら掘っています。一気に掘り進めると、一時的には潤いますが、そのあとの産業は育ちませんから」
閉山した山のトンネルが使えたのは僥倖だった。いま掘っている鉱山は大事にしていきたい。
「そうですね。枯渇したときのため、他の産業を育てながらがよいと思います。ヴィスワフ子爵領から算出されるルビーやエメラルドなどは良質のものが多いので、きっと需要はあるでしょう。安心しました」
「父も、兄も、私も、そして弟も同じ意見ですので、乱暴に掘ることはないと思います」
私の答えにマキウス様は大きくうなずいた。
馬車の窓から外をながめる。山から吹いて来る涼しい風が髪をなでていく。
「王都に比べ、涼しいですね。避暑地としてもいいかもしれませんね」
「そう思われますか? 私もそうなればいいなと思っているんです」
「温泉施設はあちらの方ですか」
「ええ。いまは簡易小屋を建てて、無料で住民たちは利用しています」
「そうですか」
マキウス様の顔色を伺う。住民の利用に特に渋い顔をされていないので、気を悪くしてはなさそうだ。
「ホテルで利用する温泉はそのあたりから引くとして、住民が気軽に立ち寄れる温泉施設も併設出来たらと考えています」
マキウス様の目を見ると、マキウス様は微笑んだ。
「領内を整備するのはよいことです。外からの人のための施設ばかりでなく、領内の人も大事ですから、いいと思いますよ」
よかった。断られるかと思った。
「では、温泉の方をちょっとみせてください」
馬車を止めて、マキウス様は私をエスコートすると、温泉に向かって歩き出した。
温泉と簡易小屋を見たマキウス様は興味深そうな顔をしている。温泉の匂いに驚いたらしい。王都には温泉がないモノね。
簡易小屋の中に案内する。
足湯ができるスペースがあるので勧めてみる。
「ああ、足が温かくて、気持ちがいい。足湯だけでもリラックスできますね」
マキウス様は足をつけてくつろがれた。
気持ちよさそうな顔をしている。よかったわあ。そうだ、軽食と冷たい飲み物をもってこよう。
「こちらをどうぞ」
温泉を利用して蒸した野菜や卵の皿と冷たい麦茶を差し出すと、マキウス様は目を丸くした。
「野菜?」
「はい。温泉の湯気で蒸したものです。温泉の香りがうつっていますが、無害です。ゆっくり火を通したのと同じなので、野菜本来の甘みが引き出され、そのままでも、塩をかけてもおいしいですよ。卵も温泉でゆで卵にしました」
「面白いですねえ。さっそく卵と野菜をいただきましょう」
マキウス様は蒸し器から野菜を取り出した。
「あまい! これは美味しいです」
「そうでしょ!」
褒められて嬉しくなった。農家のおばちゃんたちがやり始めたのを見て、思いついたんだよね。これって、温泉蒸しを体験にすることもできるんじゃない? 自分の好きな野菜や肉をかごに入れてもらって、温泉に浸かっている間に出来上がり。休憩している間に蒸した野菜や肉を食べる。
「いいですね。もしかしてこちらも温泉の目玉に?」
「はい。温泉に入っている間に出来上がると思うので、入る前に自分で好きな野菜などを蒸し器にセットしてもらってと思ってます」
「楽しいとおもいます。いいですね」
マキウス様はニンジンを一つつまんで口にいれた。
「トレジャーハンターの施設は、どのあたりに作るつもりですか」
「リバーサイド駅まで戻ってもらって、マイミア山のふもとに作ろうと思います。ハープス川の源流の一つが流れているのですが、そこに鉱石が落ちているんです。流れがゆるやかなところがあるので、そこで鉱石を拾ってもらって、タクランの町の工房で加工し、自分でデザインしたアクセサリーにするというものです。カットした宝石から出た小さな石も使ってもらおうと思ってます」
「子どもたちが喜びそうですね」
マキウス様が大きな笑顔になった。
「大人の方も参加できるように、鉱石を選んで買うことができるようにしてもいいかなと思っています。アクセサリーのショーやコンテストをしてもいいですし、もっと工房を盛り上げる企画を考えていきたいです」
「たしかに、そうすると貴族の大人の方も楽しめますしね」
マキウス様と私は微笑みあった。
なんとかビジネスの話し合いはうまくいったみたい。マキウス様の頭にもイメージが沸いたみたいで、いろいろ案を出してくれた。
マキウス様は、帰りに屋敷によって、ぎっくり腰で動けないお父様と介護のお母様にお見舞いをされ、また王都へ出立された。鉄道が気に入ったらしく鉄道で帰るらしい。
リバーサイド駅の駅までお送りし、駅で売っていたお弁当をマキウス様に手渡すと、マキウス様は嬉しそうな顔をされた。
「王都ではやっているお弁当を取り入れてみました」
「いいですね! 素晴らしいと思います。気を使っていただきありがとうございます。ゆっくり列車の中でいただきます」
「はい。よかったら、お弁当の感想をお願いします」
マキウス様は窓から私の手を握り、「よくここまで頑張りましたね。お金のことは任せなさい」と耳打ちした。
マキウス様の低い声が体の中を響き渡る。思わず身体が熱くなった。不意打ち禁止です! マキウス様。
カランカラン。電車の発車するベルが鳴らされた。マキウス様は窓から手を振っている。私もそれにこたえるように手を振った。
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