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14 工事の資材
一年以内に工事を完了せよと言われている。リバーサイド駅から王都入り口まではだいぶ完成してきているけど、タクランからマイミア駅まではまだまだだ。というのも、リバーサイド駅から王都入り口駅まどを優先して工事していたから。タクランからマイミア駅までの路線の資材はどこから集めたらいいだろうと頭を悩ませていた。
地図と貴族年鑑を机の上に並べ、見比べる。
アントワーヌ子爵のところにある資材を回してもらうのが一番早いけれど、あちらも一昨年の洪水被害の立て直しで、資材が余っているわけではない。となると、王都にある資材をこちらに回してもらうしかない。王都か。付き合いのある商会はないんだよね。今使っているのは、数年かけてアントワーヌ子爵やトライデル伯爵に頼んで集めた資材。トライデル伯爵にもう一度頼んでみてもいいけど、リバーサイド駅から王都入り口駅の工事ですでに在庫を融通してもらっているから、あちらも空っぽなはずだ。
最悪、マイミア山から木を切ってもいいけど、木材にするには時間がかかるだよね。木から水分を抜いて、乾燥させなきゃいけないからね。魔法があれば、いいんだけど。失われた技術を求めてもね。昔、ハトラウス王国やこの国では魔法が存在したって言われている。今は魔力を内在する人も減り、魔法は絶滅したと言われている。だれか魔法使いを連れてきてくれればいいのに。そうすれば、一発で解決だ。
いかん。逃避してしまった。
うーん、ここはやはり王都か。王都に行くしかないか。王都の商人に聞いてみるしかない。お父様に相談する。
「王都の資材を扱う店に都合をつけてほしいとお願いしてきます」
「ああ、気を付けて。こういう時、婚約者がいれば、婚約者と一緒に王都へ行かすのに」
お父様も同じ考えだったようだ。特段の反対はなかった。王都に行って取引してくるしか方法がやはりないんだなとがっくりとした。
「あなた、それは言っちゃいけないお約束よ」
「すまない、貧乏なばかりで婚約が無くなってしまって」
お父様とお母様がばつが悪そうな顔をする。
「もういいですから。気にしていませんし」
今更のことだ。全く傷ついていない。ついでに銀行に行って、マキウスにも進捗状況を報告してこよう。あと、なんか美味しいモノでも食ってきてやる!
「あと、もう一つ。王都の商人には十分気をつけろ。安ければいいってものじゃない」
「え? はい。それはもちろん気をつけますけれど」
お父様が苦い顔をしている。
「経験不足な若者はなめられるからな。ああ、心配だ」
イタタタタとお父さまは腰を押さえる。
「もう、あなたったら。心配し過ぎなのよ。あの子は大丈夫よ。気を付けていってらっしゃい。何かあったらマキウス様を頼りなさい。手紙で知らせておきますから」
お母様、お父様のぎっくり腰が悪化したのかも。看病をよろしくお願いします。マキウス様にお知らせしてもらえるなら、ちゃんとした報告書を作らねば。
仕方なく数時間かけて丁寧に報告書をまとめ上げた。とりあえず問題は資材のみだから、気が楽だ。
王都入り口までマイミア線の鉄道に乗って移動する。関係者のみが乗れる試運転の列車に乗せてもらった。
早いし、なかなか快適だ。トンネルにランプをつけて、もう少し整備すれば、王都入り口駅まで公開開通できるようになるだろう。トンネルが暗くて怖いっていうご婦人や子どももいるだろうしね。アナウンスなどでトンネルについて周知を徹底させなくてはいけないかもなあ。大騒ぎになってしまうだろう。
列車の車両はとりあえず、3両か。1両が人用、2両が貨物だ。乗車する人が増えたら2両が人をのせ、2両を貨物にすればいいだろう。鉄道が開通すれば、物流のスピードが変わる。世界が変わっていくだろう。
人々の暮らしは便利になり、遠くへ旅するのも安全で早く行けるようになる。いろいろな国と交易が広がり、世界が小さくなる。
我が領地はその一端を担っている。そう思うとワクワクする。お兄様に頼んでおいた料金表も送られてきた。近隣諸国の鉄道料金も一緒に送ってくれた。隣国ハトラウスの料金は適切なようだったので、ハトラウスの料金表を参考に、それに近い額でうちの領地も通行料と貨物についての課税を取ることにした。これなら隣国の商人からも文句は出ないだろう。交易はうまくいくに違いない。
トンネルの先が見えてきた。もうすぐマイミア山駅だ。明るい日差しに両脇が林に囲まれている。トンネルを出たら、日差しが強くまぶしかった。ちなみにおしりも痛くない。馬車より揺れないからか。移動時間も短いしね。
次は王都入り口駅だ。森の中を抜けていく。ウサギやキツネの姿が見えた。森の動物が線路に侵入しないように、フェンスを設置した方がいいかもしれないな。脱線などの大事故につながらないようにしないと。
思いついたことをメモしていく。
あっという間に王都入り口駅についてしまった。早かった。多くの人にこの速さを知ってもらえたらいいな。
実は商人からの問い合わせは徐々に増えてきている。商人はビジネスのスピードが変わると分かっているのだろう。通行料や貨物の課税についての問い合わせだ。
さて、ここからは馬車だ。王都までほぼ一日かかる。鉄道だったら数時間でつくはずだ。王宮議会も覚悟を決めて、王都に鉄道を敷けばいいのにね。私は列車を降り、乗合馬車に乗せてもらった。
なぜ乗合馬車かというと、うちは貧乏だからヴィスワフ子爵家用の馬車(お出かけ用)っていうものがない。もっと実用的なもの、つまり荷物を運ぶ馬車はあるんだけどね。それに乗合馬車も楽しいんですよ。市井の生の声が聞けるのでお勧めしたい。
何はともあれ、無事王都についた。
マキウス様のところに行く前に、商工会のほうへ顔を出す。
お父様が書いてくださった商工会への手紙を渡すと、奥から40代くらいの男性が窓口にでてきて、応接室に通された。
「ヴィスワフ子爵代行様ですね。なるほど。鉄道を敷くための資材ですか。木材問屋と鉄鋼組合のほうに連絡しておきます。数軒ずつ値段を聞いて比較検討するのがおすすめですよ」
「ありがとうございます」
「王都はたくさんの商会がありますが、いい業者ばかりじゃないんで、よく検討されるといいと思います」
「そうなんですか。おすすめってありますか」
神妙な顔でうなずきながら聞いてみる。
「うちは商工会なので、中立という立場があるのです。どこがいいとか悪いとかはお答えできないのですが、契約はよく納得いくまで話し合われたほうがよいかと。あと小さい文字も面倒がらずに読むとよいですよ」
「はい。わかりました。この辺で一番近い商会は?」
小さい文字を読むのは面倒だけど、商工会がわざわざ教えてくれるってことは、トラブルがあったんだろうな。気をつけよっと。
「そうですね。だいたいの商会は王都の中心部近くにありますよ。リストの住所から、この辺から攻めたらいいと思います。嫌がらせをする業者や悪質な業者がいたら、ご連絡くださいね。こちらでも対応します」
お父様と言い、商工会の人と言い、皆心配性なんだなあ。いい人ってことなんだろう。もらった業者のリストの中に性質の悪い商人がいるってことが分かった。
でもさ、リストじゃ、全くわからない。やっぱり歩いて業者を一軒ずつ聞くしかないんだろう。
がんばろう。領地周りを思えば、王都は狭い。きっとできる。
そう思っていた私だったが数時間後泣いた。
王都は狭いが、店は多いし、人も多い。道は複雑だし、よくわからない。領地周りの方がよほど楽だった。
リストにあった店のうち、商工会から近い店順に回っていくことにする。小さい木材店や鉄鋼を扱う店があったが、どこも入り口で渋い顔をして断ってくる。どこかの貴族や王族が圧力をかけているんじゃないかと疑ってしまった。
まさか全滅じゃないよね? そうなったらどうしたらいいんだろう。
あとはナンバーワンと、ナンバーツーの大きな店と王都の一番端の店が残っている。こちらでダメならば、王都の向こう側の領地に赴かねばならなくなる。
遠い。遠いな。
なんとかこの2軒のうちどちらかの店が取引してくれることを願って、大通りを歩いた。王都で一番の店と二番の店は商工会とは反対の大通り沿いにあった。最初に1番目に大きい店に入る。看板にはアッタラマ会と書いてある。
「いらっしゃいませ」
若い男性が私を見て驚いている。
女性が、しかも貴族の格好をした若い女性がこういう店にくることはないんだろう。
「商工会からの紹介状とヴィスワフ子爵からの手紙になります。鉄道事業の資材を融通していただきたく」
「なるほど。ヴィスワフ子爵代行様。責任者を呼びますので、こちらでお待ちください」
通された応接室はソファはフカフカ。壁には高そうな絵画が飾られている。壁紙は金色だし、ピカピカしていて、全体的にお金がかかっているというのが分かる部屋だった。
数分後、小柄で、小太りのモノクルをかけた男性が現れた。私の顔を見て、一瞬にやりとした。なんか嫌な感じがしたけれど、ここは王都で二番の商会だ。まさかいやがらせしたりはしないだろう。
「ようこそ、アッタラマ会へ。私は会頭をしておりますアラブカと申します。本日はどのような御用向きで?」
「ヴィスワフ子爵代行で参りました長女マリーでございます。本日は、資材についてご相談したく参りました」
アラブカに商工会からの紹介状とヴィスワフ子爵からの手紙を見せ、身分を確認してもらう。
「なるほど、資材と申しますと?」
「はい、我が国の鉄道を敷く計画についてご存知かと思いますが、まず隣国から一番近く交易がさかんなヴィスワフ子爵領が先行し鉄道を敷いています。最近、王宮と王宮議会から鉄道を敷くスピードを上げろと言われまして、当初の予定より大幅に工事の期間が短くなりました」
「ああ、たしかに。王宮議会が予算と納期について話し合ったと聞いております」
「当初の予定では時間をかけて工事をし、また資材を調達する予定だったのですが、工事を急がされたため資材のほうが間に合わなくなってしまいました。そのため資材を融通していただけるところをさがしております」
私の話にアラブカはにこりと笑った。
笑顔でこちらを見ているから、資材調達がうまくいくってことかしら?
ちょっと体から力が抜ける。なんとかなりそうじゃない?
「そうですか。こちらとしては、御助力となれるかもしれません」
目の前が開けた感じがした。10軒以上の商会をめぐって初めての手応えだ。
「ところで、珍しいお菓子が手に入ったんですよ。いかがですか?」
「……はあ」
「ハトラウスの向こうにある北の国ノルデンのお菓子で、あそこは寒い国なので甘いモノが美味しいのですよ」
「そうなのですね。ノルデンのお菓子……」
ちょっと興味あるわ。美味しいのかしら。
「日照時間も短い国なので、テキスタイルも明るいものが多くて、こちらを見てください」
アラブカは男性職員に目配せすると、華やかで大柄の花が描かれている生地やカラフルな幾何学模様の生地を見せてくれた。
生地はとても上等で、織は細かい。王都では見ないデザインだ。この生地は服に仕立てるのだろうか。
「こちらの生地、お気に召しましたか?」
「ええ、興味深いですね」
「お菓子も召し上がってみてください。甘酸っぱいのは、ベリーのソースです。甘じょっぱいのを好むお国柄のようで、よくベリーのソースを使った料理が出てくるのですよ」
チョコレートのケーキだ。滅多に口にできない高級なケーキで、ベリーのソースがかかっていて美味しそう。
一口食べると、濃厚な甘みが口いっぱいに広がる。ソースを絡めると、一転爽やかな甘みに変わる。これはおいしいわ。このベリーのソースがかかっている料理ってどんなものなんだろうな。遠い国へ思いをはせる。
「なかなかうまいでしょ?」
アラブカはにこりと笑った。
「はい。こんなにおいしいケーキを頂けるとは、驚きました」
「よかったらこちらの生地もお持ち帰りください」
「え?」
いや、こんな高価のものもらえない。もらう理由がない。もしかして、狙いは私? たしかに婚約者はいないけどね。いやこの目は違うような気がする。自意識過剰だった? でも、目つきが何かを狙っている感じがするんだけど。気のせい? 恋愛経験もないからよくわからないけど、ぞわぞわとする。
「こういう華やかなものは、ぜひあなたのような若い方にもらっていただけたらと思うのですよ」
でも私、社交界での地位は最下位ですよ? 何にも影響力はないです。もらってもいかせないと思います。商売にもならないことをどうして私に?
アラブカの行動が謎。顔に出ないように一生懸命隠す。
「こちらの生地はとても良いものと思いますが、私がいただいても何もできないので、結構です。アラブカ様のところでならきっと有効に活用できると」
小さく微笑んで、お断りする。
アラブカは「そうですか」と口角を上げて、鈴を鳴らした。女性の事務員らしき人が出て来て、書類をアラブカに渡す。
「こちらが見積書です」
「安いですね」
見積書を確認するととっても安くてリーズナブル。なぜそんなに安いんだろう? 大丈夫なの、これ?
「実は以前より鉄道事業には目をつけていたんです。なんてたって、これからはスピードの時代ですから」
アラブカはニッと笑った。
そうそう、そうですよね。これからは鉄道の時代。
いままで断られ続けて10軒。11軒目でようやく出会ったアッタラマ会。意見もばっちしあったところで、もうここで決めちゃってもいいかと思う。
前の人生では、鉄道の資材をどこに頼んだのだろう。ここだったような気がする。この胡散臭い笑顔、見覚えがあるし。前の人生では私が鉄道計画に全面的に前に出ていなかったから、直接交渉をしたことはなかったけど。屋敷にお父様を訪ねて何回か来た気がするわ。前回は腰を痛めながらお父様とお母様が一生懸命鉄道を敷いてらしたわ。んんん? あら、でも、資材集めもほうぼうの領地に頭を下げて、譲ってもらっていたような記憶が。どうしてかしら。王宮議会から横やりがあったのかしら。
「こちら、契約書でございます」
もう疲れちゃったし、決めていいよね。あとナンバーワンの店と、王都の端にある店が残っているけど。
「ペンはこちらです」
女性職員が美しいえんじ色の艶のあるガラスペンを差し出した。
ああ、でもなあ。ふと思い出す商工会の人の言葉。「比較して検討を」と言っていたな。面倒だなあ。お父様も気をつけろっていうし。
迷うな。ああ、駄目だ。ベストを尽くしてない。仕方ないか。チョコレートケーキ美味しかったし、面会してくれたから、ここにしてもいいかなって思ったんだけど。お父様や商工会の人に怒られるのも嫌だし。
「すいません。領地に確認を取りたいので、一度持ち帰って検討させていただいてよろしいですか」
アラブカのこめかみがピクリと動いた。
「もちろんです。ただ、王都の鉄道計画も動いておりますから、資材の奪い合いになるとおもいますよ。早めにご検討された方がよろしいかと」
そうですよね。私も早く決めてしまいたいのですが、すいません。チョコレートケーキもいただいたのにという気持ちもある。できたら、ここで決めたいけど、あと2軒を見てからここにしたい。
「はい。そう思っておりますが、一度持ち帰れと言われておりまして、どうしても今すぐお返事することができないのです」
「そうですか。権限がないのなら仕方がありませんな」
アラブカは若いから仕方がないなと思ったようだ。
たしかに、王都入り口駅までしかヴィスワフ子爵としては鉄道を敷かない。王都入り口から王都までは王宮議会が先頭に立って鉄道を敷くはずだ。王宮議会と資材の取り合いになったら絶対負けるだろう。そう考えると、今すぐ契約した方がいいのかもしれない。
もし資材が無くなってしまったら、早く鉄道を完成させろと言われているから、お父様が責任を取らされてしまう。下手したら、お家断絶だ。お父様には決裁権を頂いてはいるから、今サインすることもできる。でも、うーん。どうしたらいいんだろう。
サインしちゃおうか。
ああ、でもちょっと待って。商工会の人が気をつけろって、お父様も気をつけろって言っていたなあ。最初、私を見て、嫌な笑みを浮かべていた感じがしたからなあ。チョコレートケーキを食べさせてくれたけど。
やっぱり持ち帰ろう。気持ちは大ブレしたが、我慢した。
「はい、急ぎで検討させていただきます。よろしくお願いします」
アラブカはもう一度鈴を鳴らした。男性の事務員らしき人が小さな箱を大事そうに運んできた。
「こちらをどうぞ。これからお付き合いをさせていただくので」
アラブカは笑みを浮かべた。
「え?」
「些少でございますが、お受け取り下さい」
「はあ」
アラブカは箱をパカッと開けた。チョコレートケーキがワンホール入っていた。
「焼き菓子ですから、日持ちもいたします。ご領地にお帰りになって、ヴィスワフ子爵様とお召し上がりください」
「えええ?」
いいんだろうか。こんなに好待遇で。あのチョコレートケーキは絶品だった。
「当商会をよろしくお願いします。よかったらランチでもいかがですか。王都一のホテルにあるレストランをマリー嬢のために予約をしてあるのです。もしお疲れでホテルのレストランまで出かけたくないのでしたら、当商会の自慢の料理人がここで調理してお持ちいたしますよ」
ひえー。びっくりなんだけど。怖すぎる。王都一ホテルのレストランでの食事って、すごく惹かれるんだけど。でも取引を決めてないのに、それってまずいよね。
「ありがとうございます。でも、まだ仕事が残っておりますので」
「そうですか。美しい女性と食事ができると喜んでいたのですが。またお誘いしてもよろしいですか」
「はい、機会がありましたら。では失礼します」
礼儀正しく、あいまいに返事をする。
お暇するご挨拶をしたというのに、それからもお茶はどうだとか、他の商品を見ていかないかとなんやかんや引き留められたけれど、お断りした。チョコレートケーキの箱も返却しようとしたけれど、チョコレートケーキは腐ってしまうので持って帰ってほしいと言われ、しかたなくチョコレートケーキはもらうことにした。
箱の中身はチラッとしか見ていないけれど美味しそうなケーキだった。家に帰ってみんなでお茶をしたいな。でもこんなに気を使ってくれるのは、鉄道工事の利権のためだろうか。たしかに旨味はあるだろうけど、資材調達の商会に大きな利益はないだろう。メンテナンスの資材をふくめると、たしかに長期のお付き合いになるとは思うけど。
気になるのはほかにもある。見積書の値段がすごく安い。うちの領地の今までの資材費と比べると、三割も安くなっている。大きい商会だから安いのだろうか。びっくりだ。どうしたらそんなに安くできるんだろう。お父様もがんばって安く仕入れていたはずなのに。
あとで見積もりと契約書をよく読まないとね。お土産付きだしね。なんだか悪いことをした気分よ。
なんとなく腑に落ちないなあと首をひねりながら、あと2軒商会を周ることにした。
サラワニ商会とタノカノ商会
貴族街のど真ん中に品のいい建物がある。そこがナンバーワンの商会サラワニだ。各国と交易をしていて、うちの領地を通ってハトラウス王国とも交易をしている。
「すいません、予約をしていないのですが、鉄道の資材についてお話ししたいのですが」
受付にいた男性に聞いてみると、男性は顔色も変えず「少々お待ちください」と言って、奥に引っ込んだ。
店内を見回すと、穏やかなたたずまいの壺やいつまでも見ていたくなるような絵画が数点飾られていた。落ち着いた雰囲気の店はとても誠実そうな感じがした。
「お待たせしました。サラワニ商会副会長のマケラスでございます」
「はじめまして。ヴィスワフ子爵代行、長女マリーでございます。お話を聞いてくれてありがとうございます」
「いえいえ。ヴィスワフ子爵代行様のお噂は有名でございますから」
マッケラスは微笑んだ。どうやら王宮議会で戦ったことを知っているらしい。おもわず顔を赤らめる。
マッケラスはうんうんと頷いている。二十代後半か三十代くらいの真面目そうな男性だ。私のことをバカにしたりもせず、温かい目でみている。
「恐縮でございます」
「ところでご用件はいかがでしょう?」
「鉄道の資材の件です。王宮議会で早急に鉄道を敷くように言われまして、もともとあと数年で完成予定だったものですから、資材が不足しております。なんとかご都合をつけていただけないかと」
「申し訳ございません。当商会ではご要望にお応えすることができません」
マケラスは渋い顔をした。
「そうですか。お話を聞いてくれただけでもありがたかったです。ありがとうございます」
私が苦笑する。
「あの、よかったらでよいのですが、お教えください。どこかお取引できそうなところがおありですか?」
「はあ、一応アッタラマ会とはお話が進んでおります。ただ他の商会はお話も聞いていただけませんでした」
マケラスの眉間に皺がよる。
「アッタラマ会ですか。あそこですか……。同業者の悪口はご法度なのですが、貴方様はまだお若い。これからいう言葉は聞き流していただけたらと思います。あそこは大きい商会ですがあまり良い噂は聞きません。どうかお気を付けください。当商会がお力になれればよかったのですが、お付き合いのある方から圧力がかかりましてね。こちらとしては身動きが取れないのですよ」
「そのようなことを私にお話ししてよろしいのですか?」
どうやらサラワニ商会に貴族の横やりが入ったらしい。きっと大口の取引先なのだろう。
「ええ。だから私に独り言と思って、忘れていただけたら。これからは鉄道の時代です。このようなお取引のチャンスを棒に振るのは本当にもったいないのですが、こちらとしては今の存続も大切でして。そして、未来の商会としてはヴィスワフ子爵様にお世話になると思いますので、今後のお付き合いのために情報を提供させていただきました」
マケラスは口角を上げる。なるほど、そんなに強い圧力がかかっているか。だからアッタラマ会以外話を聞いてくれなかったのか。マケラスの話が本当ならアッタラマ会は注意が必要な相手らしい。
「こちらこそ、機会がありましたらぜひお取引できればと思います。あと少しで鉄道が完成いたします」
「そうですか。楽しみにしております」
マケラス様と握手をして、店を出た。
時流を読むサラワニ商会か。さすがナンバーワンの店だ。
後ろを振り返ると、扉の入り口でマケラス様が見送りしてくれていた。
さて、あとは1軒のみ。貴族街の端にある、ほぼ平民の集まる商店街近くなるタノカノ商会だけだ。
もう足は棒のようになっていてつらい。でもあと1軒だ。ここでダメならアッタラマ会しかなくなる。
十数分後、マノカノ商会前についた
小さい店だった。恐る恐る扉を開けて、取引がしたいと話しをすると、すぐに会頭がでてきた。
「これはこれはヴィスワフ子爵家のご令嬢ではございませんか?」
あれ? 会ったことあったっけ?
顔に疑問が出ていたらしい。
「お噂になっておりますので」と会頭のカノイが口角を上げた。やっぱり噂になっているんだね。ははは。こうして結婚が遠のくのかもと思う。でも仕方がない。そう、全部仕方がないのだ。
カノイは気さくな人だった。いい人だ。じつは隣国に本店があるらしい。ここは支店なんだって。
「資材のほうは融通できると思います」
見積書を出してもらったけど、うちの資材費より1割ほど高い。
うーん。唸っていたら
「ハトラウス王国でも近隣諸国でも鉄道工事のラッシュでございまして、その値段になっております」
カノイは申し訳なさそうな顔をした。隣国が本店だから、王宮議会の影響が少ないらしい。だから取引可能なんだって。
そうだよね。どこも鉄道工事をしているものね。うちの資材はこんなに鉄道がクローズアップされる前にかき集めたものだ。だから安い。じゃあ、アッタラマ会はどうして安いんだろう。
「一度持ち帰って検討させてもらっても?」
「もちろんでございます。よいお返事をお待ちしております」
カノイはにこりと微笑んだ。
すんなり帰らせてくれた。びっくり。やっぱりアッタラマ会が過剰な接待だったんだろうな。だってサラワニ商会だって、マノカノ商会だって、お茶しか出てこなかったんだから。
ホテルに帰って、チョコレートケーキを楽しみに箱を開ける。味見がしたかったのよ。しかし、チョコレートケーキの箱の中身はチョコレートケーキだけでなく、イミテーションの宝石も入っていた。なぜイミテーションが?
頭の中には疑問符だ。どうしようこれ。このチョコレートケーキが不気味に思えたので、そっと箱にしまう。
疲れた時には甘いモノ。楽しみにしていたのにすっかり気分が落ち込む。お父様とお母様に会いたくなった。ヴィスワフ子爵領に帰りたい。
私はホテルのベッドに突っ伏して寝た。もう動けなかったからだ。
次の日、ベラルント銀行に行って、マキウス様に資材関係の報告書を提出した。マキウス様、遅くなって申し訳ございません。
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