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2 でも貧乏は泣いている暇はない。
ちょっと待って。
大きく深呼吸。
さっき起きた婚約解消を思い出してみよう。
情報整理、現状把握は大切だ。
そうしたら、5年前に戻ってきた理由とかわかるかもしれない。
ベッドから起き上がり、私は腕組みをしてできる限り記憶をたどることにした。
今日はたしか領地を巡っていたんだった。5年前もそうだった。長閑な風景だった。
5年前の我が家といえば、貧乏だった。今も貧乏。ここは変わっていない。
決してお父様の経営手腕が悪いわけではない。土地そのものが難しいところなのだ。山と森に囲まれ、大きな川向うには隣国ハトラウスがある。
昔は宝石になる鉱物がたくさん出たというけれど、一山つぶれてしまってからは、細く長く計画的に鉱物を取り続けることにしている。
農産物はというと、領地の人が食べる分くらいしかない。畑にできる平地が少なくのだ。
王都からは離れてるし、田舎だからね。なんとかなっていると言っても過言ではない。毎年赤字にならない程度のすれすれのところで経営されている領地である。
貴族の中では、女は血筋を残すための道具として政略結婚しろみたいに扱われているけど、平民の間ではそんなことは言っていられない。うちの領地でもそうだ。男も女も力を合わせて暮らしている。
ヴィスワフ子爵家でもそう。お母様もお父様の書類の手伝いをしながら、レース編みをしてお金を稼いでいる。
お兄様は隣国で勉強しながら働いている。弟のラルフレッドは王立学園で勉強中だけどね。
うちみたいな弱小貴族は生きていくために、男も女も関係なく働かなくいと生活ができない。
いつかこの国カスカペでも貴族の女性たちも働くようになるんじゃないかなと思う。だって、この国自体、貧乏だからね。
国庫が気になるよね。どこで誰が贅沢をしているのか。無駄遣いしているのか。それに先を見る目もない。貴族官僚が悪いのか。
隣国ハトラウス国では貴族制度はあるものの、平民からも議員になれるし、女性議員も誕生している。官僚にも門下が開かれている。鉄道事業も盛んだし、諸外国との交易も盛んだ。
それに比べ、我がカルカペ王国は、古い貴族制度にしがみつき、平民や女性をバカにする風習が残っている。あと、交易を嫌がる。この辺り、誰かが何とかしないと、どんどん周辺諸国より遅れていくんじゃないかなと思うんだよね。
自国を大切にするのも大事だとは思うけど、国自体が貧乏なんだから何かで喝をいれないと、持ち直さないんじゃないかなと思うのは、気のせい?
まあ、そういうこともあって、はっきり言おう。うちは貧乏。貧乏の何が悪い。開き直っちゃうよ。でも、治安はいい。それだけは自慢。
お父様がしっかり見回りしているし、無茶な税をかけていないから。ちなみに私、子爵令嬢ですけど、お父様の領地経営を手伝ってます。何だったら台所仕事だって、庭仕事だってするよ。人手もたりないし、お金もないもん。
働かざる者、食うべからず。
その通りだと思う。自分のできる範囲で、やれることをやる。この辺りが大切ね。
うちの領民は働き者だし幸せになってほしいから、なるべく税の負担をかけたくないというのが領地経営の方針。稼いだ分を還元し、領内の経済をまわしていこうとお父さまは言う。
そのせいか、領民の顔は明るいし、団結力がある。
「マリー嬢ちゃん! 見回りかい?」
領民の一人のロイが声をかけてきた。
「そうよ。あ、この前はアップルパイ、御馳走様。アリアにお礼を伝えておいて。ところで、列車はどう? うまくいっている?」
「ええ。早いし、便利ですね。使っていない鉱山の線路を活用するって、さすがです」
「よかった。まだ試運転だけど、役に立っているのね」
ほっと胸をなでおろした。
領地にある鉱山の一つ、マイミア山に連なる鉱山が5年程前に閉鎖したんだけど、それをうまく活用できないかなって思って、拡張して、補強し、大きなトンネルを作ったの。
鉱山で使っていた線路をつかって、列車を一両走らせてみた。ふふふ。なんとかうまくいってよかった。
隣国ハトラウス王国ではあちらこちらで列車が走っている。ハトラウスだけでなく、近隣の国でも鉄道を敷いているらしい。
隣国で働きながら留学しているお兄様がいずれうちの国でも列車が走る時代が来るっていうので、現在お試し中だ。列車は重いものもたくさん運べるし、早く目的地までつくのが魅力。ぜったい鉄道の時代がくるって私も思っている。
ところが、この国は鉄道に無関心。お金のムダとか言っているらしい。線路を敷くのは大変だけど、無駄ではないと思うんだけどね。かといって、貧乏な国だから、いきなり国中に線路を張り巡らす事は難しい。
とりあえずうちの領地で試験しておけば、このカルカペ王国でも列車を張り巡らす事業が展開した時、ヴィスワフ子爵家がお役に立つことができるし、もしかすると、リーダーシップがとれるかもしれないというわけ。
ヴィスワフ子爵家が貧乏な理由は、立地だけでなく、鉄道事業に予算をつぎ込んでいるからというのもあるんだけど、さらに一昨年は洪水があり、昨年は農作物が不作だった。
現在、洪水で橋が流されてしまったので、隣国と共同で橋を架ける事業も展開中。お金がいくらあっても足りないのだ。
ちなみに鉱山に敷いた鉄道、マイミア路線って名付けたんだけど、これが山越えをしなくて済むと、好評。うちの領民たちは隣国との交易を行うものが多い。
隣国ハトラウス王国からハープス川を渡り、マイミア路線でマイミア山を通り抜け、王都へ行く。ただ、1車両のみの運転だから、今のところあまり多くの荷物を運べないのだけど、それでも山越えするより早くていいらしい。
他国の商人からは通行料をもらっているけれど、領民は割引している。隣国の列車の真似をしたんだけど、意外によかった。技術ってすごいわね。お兄様の先を見る目は確かだったわ。
お兄様が留学して、お父様が忙しくなったので私も本格的に領地経営に参加するようになったんだ。
実は私には、婚約者がいる。アントワーヌ子爵三男のロレンスだ。金髪に水色の目がよく似合う美男子。絵本の中の王子様みたいな容姿をしている。ロレンスと婚約して10年。
隣の領地同士のご縁で、幼いころはいっしょによく野原を駆け回ったし、馬に乗って遠出したこともあった。
熱烈な恋愛感情はなかったけれど、気心知れているし、相手の考えていることが分かる、一緒にいてくつろげる相手だ。穏やかな夫婦になって、アントワーヌ子爵領とうちの領地の経営のお手伝いができればいいなと思っていた。ロレンスも同じように思っていたと思う。
マイミア山のマイミア路線視察が終わったので、次はハープス川沿いにむかった。
隣国ハトラウス王国との境にあるハープス川は一昨年洪水で橋が破損してしまった。今は仮の橋で対応していて、現在新しい橋を架け替えている。お兄様の作った予算案をみていると、特別予算と書いてある。
特別予算? 何のこと? この橋のことかしら。帰って、お父さまに確認してみようっと。
責任者に話をきくと、橋の工事も順調みたい。工事に携わる人たちの顔も空気も明るい。よかったよかった。関係者の顔色や空気って意外に大事。そこに真実があったりするからよく観察するようにってお父様から聞いてきたの。
「お嬢さま!」
庭師兼御者があわてて私を呼びに来た。
「どうしたの?」
「お嬢さまにお客様です。アントワーヌ子爵様とロレンス様がうちにいらしています。旦那様が現在応対してますが、お嬢さまにもお会いしたいと」
「ええ?」
あわてて片づけをして、馬の準備をする。
ロレンスが来たのね。久しぶりに会うわ。お互い領地経営のお手伝いに忙しかったから、数か月会ってなかったものね。でもアントワーヌ子爵様がいらっしゃるって、どういうことかしら。さっぱりわからないわ。
急いで屋敷に戻って、ロレンスがいる客室へ向かった。
廊下に飾られている大鏡の前で身だしなみをサッとチェックする。うちの優秀な侍女がドレスを変えてくれたけど、一応ね。
茶色い髪はキュッとハーフアップされ、落ちかけていた化粧も直されている。うん、これなら可愛いっていってくださるかな。
ドレスも新緑の季節に合わせ薄手の生地にして、ロレンスの瞳の色でもある明るい水色にしてある。婚約者っぽくていいと思う。
客室のドアを開ける前に一呼吸。
「ロレンス!」
ドアを開けると、ロレンスの顔が見えて、嬉しくなった。
「マリー」
あれ、ロレンスの声が沈んでいる。顔色もあまりよくない。
何かあったのかしら。
首をかしげていたら、ロレンスが困ったような顔で笑った。
ロレンスのこういう顔の時はどうしようもない時の顔だ。悪い予感がする。やだなあ。どうしたんだろう。
「とりあえず、天気も良いし、四阿でもいかがですか?」
うちの庭師(兼御者)が丹精込めて育てているバラが見ごろを迎えている、美しい四阿に誘ってみた。
「そうだね。外の方がいいかもしれない」
ロレンスは眉をㇵの字にしたまま答えた。
ロレンスと私は四阿まで無言のまま移動した。居心地の悪い空気が流れている。ロレンスが何を言い出すのか、全くわからなかった。
「すまない。本当にマリーには申し訳ない」
四阿に着くやいなや、ロレンスが頭を下げる。
ど、ど、どうしたの? ロレンス。いやな予感しかしない。私は手を胸にあててぎゅっと握りしめた。
「頭を上げてください。ロレンス、何があったのですか」
「それで、マリー。悪いんだけど、婚約を解消してほしいんだ」
それでってどう言うことなのか、ちっともわからなかった。婚約解消という言葉が頭の中で鳴り響く。私は顔を少しゆがませた。
「そう。仕方ないわね。おめでとう」
えええ!? マジですか。
心の中は大嵐だ。
急なことで言葉も出ない。なんだか頭が痛くなってきた。精神的なショックだろうか。
水色の目を細めてロレンスが私の顔を見つめた。
「すまない。うちでは断ることは……」
「……できないですわねえ。伯爵家からのお話ですもの」
ため息をついてみせて、わざと苦笑する。
「ほんとうにすまない。マリー、怒らないの?」
「ええ。だって、仕方がないでしょ」
「そうだけどさ。僕たち、婚約していたんだよ」
ロレンスはほっとした顔をして、それから眉をひそめた。
「怒ってほしいの?」
「そういうわけではないけど。マリーにとって僕ってなんだったのかなって思ってしまって」
やっぱりこの場面も知ってる。脳内の映像が再現される。そうそう、新しい婚約者はエリザベス。エリザベス・ベラルント。ベラルント伯爵の娘だったはず。
「だって、私のことを熱烈愛しているってわけじゃなかったわよね?」
やだ、どうして、知っているのかしら。というか、ここはどこ? なんで二回もロレンスに婚約破棄されているの、私?
どういうこと?
頭が痛いのと関係する? ああ、割れるように頭の奥が痛いわ。
「まあね」
「ほら、お互い様じゃない。それに、ベラルント家から援助が受けられるんでしょ?」
ロレンスは驚いた顔をした。
「どうして知っているんだい? 僕は、援助のあるなしではなく、本当にエリザベス嬢のことを支え、守ってあげたいと思っているんだ」
「でも、エリザベス様って、たしかご結婚されていたのでは?」
「ああ、先月、子ができないからといって先方から離縁されたという。もともと結婚して3年で子どもができなかったら離縁するという条件付きの結婚だったらしい」
「そんな……、ひどすぎ」
おもわず眉根を寄せる。なんだか気持ちも悪くなってきたし、頭が割れるように頭が痛い。
「それで、急遽エリザベス嬢の嫁ぎ先を伯爵家は探されていたらしく、我が家に縁談の話が舞い込んだというわけだ」
ロレンスは美しい顔をゆがませた。
「なるほど。エリザベス様もいろいろあったのね。おかわいそうに」
「ああ。そう思うよ。エリザベス嬢を精一杯お慰めしたい。暗いお気持ちを明るくしてさしあげたいと思う」
ううん? もうそんなにエリザベス様のことが好きってこと? 気持ちが傾いちゃっているってわけ? ねえ、ちょっと早くない? ここは私に気遣いでしょ? 微妙だけど、まだ婚約者は私では?
少しムッとしてしまった。が、ごねても仕方がないかと思い返す。
ロレンスの顔がキラキラと輝いている。これは何かに夢中になった時の顔。どうやらロレンスは本気でエリザベス様のことが好きなんだわ。ちなみにロレンスは優男に見えて、頑固で一途なやつ。けっこういい男だと思う。
「それがよろしいですわ。ところで、もしかして、領地の援助も?」
「ああ、して下さるとのことだ。だが、援助のあるなしではなく、本当にエリザベス嬢のことを支え、守ってあげたいと思っているんだ」
熱い気持ちを語られてしまい、私のことはなんでもなかったくせにとすねたくなった。あああ、もやもやするわ。元婚約者にそういう話はしないでほしい。
なんでも分かってしまうのは、ロレンスと長年のお付き合いがあるからか。たしかに私とは恋愛関係ではなかったけど。
「そう。婚約解消も仕方ないわね。承知しました。借金返済、援助に新婚約、おめでとう」
にこりと笑って、心の内で大きくため息をついた。頭を抱えて、横になりたかったけれど、そんなことをしたら、ロレンスが流石に気にしてしまうだろう。我慢だ、我慢。
私たち下位貴族は上位貴族からの縁談を断るすべがない。ロレンスと私の婚約は緩いものだった。私だって、もし上位貴族から婚約の話が来たら、ロレンスと婚約解消をするだろう。
幸いのことにロレンスと私は、隣どうしの領の、幼馴染。愛し合って決めた婚約ではない。気も合うし、歳も同じだし、家格もちょうどいいということで結ばれた縁だ。家同士の信頼関係は厚く、お互いの領地のことをわかっている。婚約解消しても、両家の仲はよいままだろう。
一昨年、大雨で川が氾濫し、畑がダメになった。去年は日照りで不作。それはアントワーヌ子爵領でも同じだった。領地が近いからわかる、互いの借金事情。
「決して君が嫌いとかじゃないんだ。本当に結婚するつもりでいたんだ」
「大丈夫。わかっているわ」
「君の幸せを祈っているよ」
ロレンスは済まなそうな顔をした。
「ありがとう。ロレンスもお相手とうまくいくといいわね」
「婚約者のベラルント伯爵のエリザベス嬢は、人の痛みを理解できる優しい人だ。だから大丈夫」
すかさず惚気られてしまった。ははは。仮にこのまま私と結婚しても互いが不幸になるだけだね。
私は口角を上げて肯いた。
「僕がエリザベス嬢を幸せにして差し上げたいって思う」
「あなたが情熱的になるなんて! ほんとうにエリザベス様がお好きなのね。お幸せに」
嫌味を言ってみた。これくらいいよね。
「ごめん」
ロレンスは顔を赤くして照れている。
「僕たち、友達ではいられないだろうか?」
ロレンスはねだるように私を見る。
「ええ、よいお友達でいましょう」
最大の笑顔を作る。たぶん、笑顔になっているはずだ。胸がちょっとだけ痛い。
「ありがとう。マリーもがんばって」
ロレンスは右手を出した。
私も右手を出して、ロレンスと握手する。
夕暮れが二人を包み込んでいく。
ロレンスが屋敷に入り、アントワーヌ子爵のもとへ行く姿を見送ると、私は侍女を呼んだ。
そうそう、ここで倒れたのよ。今、ここ。
覚えている。さすがに婚約解消は明確に覚えていた。ショックだったもんね。5年前も5年後も。
やっぱりここは断頭台で死ぬ5年前か。いま、首に傷はない。そうだよね。傷なんかないよね。
ああ、どうしよう。どうしたらいい? 私だけ戻ってきたの?
ううう。頭が痛い。何時間寝たんだろう。
あたりを見回す。辺りはまだ暗いけど、鳥の声が聞こえてきた。もうすぐ夜明けなのかもしれない。
もう一度ゆっくりと首元を触る。やはりしっかり身体とくっついている。鏡を見ても、傷もない。
なぜ? どうして? お父様、お母様は? ご無事なの? 5年前ならお元気なはず。ロレンスに婚約解消されて、お父様、お母様もショックだったと思うけど。
昨日、婚約を解消され、侍女に部屋に連れて帰ってもらって……。それからベッドに倒れ込んだのか。
そうしたらどんどん暗闇の中に意識が落ちていって、夢を見た。そう、あれは夢。夢なのよ。
いや、違うな。首を切られて、後悔だらけの私は、5年前のこの世界に戻ってきたのだ。恐怖を身体が覚えている。
身体の震えは止まらない。お父様もお母様も、アルフレッドお兄様も私も弟のミルフレッドも。薄汚い広場で人々は沸き立っていた。暗い感情が渦巻く中、私たちは首をバッサリ斬られたのだ。
鏡をじっとみる。たしかに頬にできていたはずのシミがない。コンプレックスになっていたシミ。あれは鉄道を敷くために領地を馬で駆け巡っていたらできてしまった小さなシミだった。侍女にさんざん怒られたんだっけ。
手で肌を押すと、押し返してくる。うーん、若返っている。
それなら、せっかく生きているんだから。みんなで生きて幸せになる道を探したい。そうか。すとんと胸の中で納得ができた。
生きたかったんだ。家族と。幸せに暮らしたかった。
今はまだみんな生きている。婚約解消はされたけど。これからは私次第だ。がんばって、家族と生きていける道を作っていこう。
腹が決まれば、行動するのみ。いつまでも婚約解消のショックを引きずっていても仕方がない。だって、もう過去には戻れないんだから。
「お父様、お母様?」
廊下にそろりと出て、お二人がいるであろうリビングに顔を出す。夜明けだというのに、明かりがついていた。
「もう具合はいいの? 大丈夫?」
「はい」
お父様もお母様もお元気そう。涙が出てきた。生きている。生きていてくれた。婚約破棄がショックみたいで憔悴した顔だけど。
「すまない。うちが貧乏なばっかりに」
「お相手は出戻りだけれど伯爵令嬢というし、私には縁がなかったと思うの。ロレンスを引き留めることができず、お父様、お母様、ごめんなさい」
私が言うと、お父様とお母様が顔をゆがめた。
「すまない。私たちも交渉したが、婚約解消を止めることはできなかった。すまない」
「大したことではありませんよ。貧乏、貧乏が悪いんです」
ケラケラと笑って見せる。
「そんな……。強がりを言わなくてもいいのに」
お母様は心配そうに見つめた。
「強がりなんかじゃありません。私は家族みんなが生きていればいいんです」
「マリー、でも結婚できなくなってしまったわ」
お母様が私を抱きしめ、お父様も一緒になって抱き合った。婚約解消? 上等です。だって、みんな生きているんだから。
ここは5年前。家族みんなが元気で、貧乏だけど仲良く暮らしている。そして5年後、死ぬのだ。
これから起きることをしっかり思い出し、私は家族を守る。ぜったいみんなと生きていく。
お父様とお母様のぬくもりの中、もう一度決意した。
「結婚適齢期というのに、これでお前はひとりになってしまった」
お父様は頭を抱えている。
「一人で結構。結婚できなければ、できないで構いません」
そんなことよりも家族の命。どうしたらいいのかしら。
「マリー、今18歳だろう? まだ探せば良縁がみつかるはず」
「そうよ。うちのマリーは可愛いのですから」
お母様がもう一度私を強く抱き締めた。
大丈夫ですよ? もう私、開き直りました。だって、あんな情熱的にエリザベス様を語るロレンス様と婚約を続けるなんて無理ですし。
前の人生でも、やっぱりあの時もロレンスに婚約解消をされていた。止めることはできない出来事なのだろう。
しかし、このまま何もしなければ前回と同じ道をいくことになるのだろう。ってことは、順調に破滅!? それだけはいや。
「お相手のベラルント伯爵家のエリザベス様も、離縁された時はガリガリにお痩せになっていたらしいなあ」
お父様がお母様に話す。
「ええ、そのようですわ。三年という条件つきで結婚なんて、うちのマリーだったら決して承諾しないですもの」
「ベラルント伯爵も公爵家からの婚約だったため、苦渋の決断だったらしい。」
「でも、ロレンスが幸せにすると私に語ってましたよ」
女は子を産むだけの価値しかないと決めつけるなんて、ひどい。婚約解消された私もかわいそうだけど。エリザベス様もかわいそうだ。まあ、ロレンスはエリザベス様のことを好きらしいし、きっと今度はうまくやるだろう。
お父様とお母様は苦笑する。
「ロレンス……(元婚約者に言うなんておバカなの?)」
生暖かい空気が我が家に流れる。
「そう、ロレンスは乗り気なのね。せめてもの僥倖ね。よかったというべきよね」
お母様が空笑いする。お母様は小さいころから家に遊びに来ているロレンスのことを可愛がっていたから、ロレンスのことも心配だったらしい。
「じゃあ、ロレンスは不幸ではないのだな」
お父様はほっとしたようだ。お父様もロレンスとよく剣の相手をしたり、いっしょに遠出をしたり、遊んでくれたっけ。本当に家族同然だった。
「ええ。私たち、婚約は解消したけれど、よいお友達ということになりました」
お父様とお母様はちょっぴり涙ぐんでいる。
ロレンスは優しいから、きっとエリザベス様に寄り添うだろう。エリザベス様だってロレンスに絆されるに違いない。だって、いい奴だもん。
アントワーヌ子爵はお父様に平謝りだったらしい。お父様も最後には「仕方ない」と話したという。
「ロレンスの幸せを祈ってやろう」
「ええ、そうですわ」
「私もそう思います」
私たち三人は微笑みあった。
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