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3 これからどうしよう
どうも。婚約解消されたマリーです。
はあ、これからどうしよう。やっぱり私、結婚できないのかしら。そして死ぬのかしら。
昨日からこればかりが頭をぐるぐるしてる。
でもさ、仕方がないじゃない? だってさ、十年婚約していたんだよ?
と言っても、ロレンスはもう新しい恋につっぱしっているわけで。
実際、私たちは好きとか、恋しているってわけでもなかった。だから私は失われた未来を悲しんでいるって感じなんだろう。それに気がかりなのは、前回と同じ婚約解消だってこと。
ああ、どうしたらいいのか、わからない。ここで婚約解消をしていなかったら、未来は変わったのかしら。きっと変わったんだろうな。でも、戻ってきたのは解消されている最中だったし。婚約解消をなかったことにするのはできなかったのだろう。
本当なら、来年くらいには結婚しているはずだった。
エリザベス様にあうまともな独身男性は他にいなかったのか? 婚約解消はさけられなかったのかとつらつら考える。
いないわ。独身男性、確かにいない。
若くて、まともで、誠実そうな独身男性はいない。
だいたい貴族の20歳前後の男性には婚約者がいるし、もしくは結婚していている。家格によっては、婚約できなかったりするし、家同士のしがらみがあったり、政治的な派閥もあって、無理だったりする場合もあるけどね。
二十歳以上の男性で、独身といったら、不誠実で女ったらしか、ギャンブル好きで借金持ちか、子だくさんの貧乏、異常性癖持ちの噂がある人くらいかな。あとはお父様と同じくらいの年の寡しかいない。
ロレンスに白羽の矢を立てて、打診するのが当然と言えば当然か。ははは。
ということは、私にあう男性もいないってことになる。男爵や平民まで考えたら、まともな独身男性がいる可能性はあるけれど。
もう結婚はいいかな。それより長生きするほうが大事。
これから私ができることとしたら、5年後の断罪を避けるため、前の人生と同じことをしないことくらいだろう。
そうだ。紙にこれから起きることを書いてみよう。うん、それがいい。忘れないようにね。
年表がいいか。
物思いにふけっていたら、侍女が悲しそうな顔をしていた。
ああ、きょうもいい天気だねえ。空が青いわ。元気よ、私、元気。気にしてないってば。
侍女が心配そうに私を見ている。
私のそばにぴたりとくっついている。
お父様とお母様が私のことが心配で、侍女(見張り)をつけたのだ。婚約解消がショックで自殺してしまうのではと思われたらしい。
自殺しないけどね。せっかく死に戻りしたのに。今、生きているんだよ。
ちらりと侍女の顔色を見ると、侍女が私を痛ましい子のように見ていた。
わかった。もう不幸に浸るのはやめておく。ロレンスのことはもう考えません。
改めてこれから起きる5年間で覚えていることを書いてみたけど、ひどいね。いや、いいこともあるんだけどさ。前回は苦労しながら、鉄道を敷いて、それでガッチリ儲けたんだよね。
鉄道を敷く事業はもう動いているし、隣国やほかの諸国でも鉄道事業をはじめているから、これはこのままにしておくしかない。今回も鉄道事業をはじめるまできっと苦労するんだろうな。それとは別に死なない方法を探さないといけない。
それってむずかしくない?
どこが分岐点なんだろう。片っ端から前の人生と違う選択肢を選ぶしかないんだろうか。
「お嬢さま? そろそろ執務の手伝いの時間です」
不幸でも仕事は容赦なく振ってくる。働かざる者食うべからず。働いている間はブルーな気持ちも忘れるからちょうどいいだろう。
「わかったわ。お父様のところに行くわ」
重い腰をあげて、執務室へ向かった。
もうすぐ夏が来る。庭師兼御者が草むしりをしていた。
ありがとう。あとでレモネードでもつくって差し入れしよう。
薔薇はまだ美しく咲き誇っている。廊下の空いた窓から薔薇の芳香が流れてきた。
「ぎゃー! 痛い! あああああ」
執務室からお父様の悲鳴が。
「どうしたのですか!」
ノックを忘れて、飛び込む。そこにはお父様が床に両ひざ両肘をついて、悶絶していた。
書類が辺りに散らばっているから、重たいもので腰を痛めたのかも。
「大丈夫ですか? 立てますか?」
騒ぎを聞きつけて執事が慌ててやってきた。
「ああ、ぎっくり腰かもしれない」
「寝ないで仕事をなさるからですよ」
執事はお父様の腕を肩に乗せ、ゆっくりとお父さまを立たせる。
床の書類に目を向けた。
これは、お、お見合い写真と貴族年鑑!? おおお?
「おまえの次の縁談を考えていたら、眠れなくなってな」
お父様が渇いた笑いをする。
すいません。ご心配をおかけして。でも、前の人生でもお見合いは成立しなかったからなあ。無理なんじゃないかな。
もしかして、ここでお見合いして、結婚すれば人生が変わるのかもしれない? しかし、今回の人生でお見合い、成立するのか疑問なんだけど。
「お父様? 新しい婚約者を探していただいていることはありがたいのですが、ヴィスワフ子爵家にあう男性は見つからないのでは?」
だって、うちは貧乏だし、橋をつくってるし、鉄道事業に乗り出しているし。子爵家を継ぐのはお兄様だし。私と結婚するメリットは現状あまりないもんね。お兄様に何かあったとしても、弟が家督を継ぐだろうし。
「ううう。すまない」
お父様が唸って頭を抱える。
「いいのです。結婚はとりあえずおいておきましょう。私も気にしないことにします。最悪、お父様のお手伝いをずっとさせていただいて、うちの領地のどこかでひっそり暮らさせていただければいいですから」
「マリー」
「マリーお嬢さま」
お父様と集まってきた使用人たちが涙ぐむ。
ごめんなさいね。みんな泣かないで。考えようによっては、実家に居られて幸せですから!
やはりこの時点で結婚できないという人生は変わらないようだ。あれかな、自分以外の人が関わることを変えるのは難しいのかもしれない。
自分ができることだけなら断罪ルートを変更はできるのかも。でも、そういうものって少ないよね。ああ、どうしたらいいんだろう。
「イタタタタ」
「私は大丈夫です。それよりお父様? 寝室で静養なさいませ。私が代わりに書類を仕分けして、できるものは裁いておきますから」
あの時は執事が残りの仕事をしてくれていたんだろうな。私はお母様と一緒にお父様のヘルプをしていたから。
これくらいなら、前の人生と変えてもいいよね。
「わるいな。ううう。痛い。分からないことがあったら、私は寝室にいるから聞いてくれ。執事でもいいぞ」
「まあ! あなた!!! 大丈夫?」
お母様がお父様の腰をさする。
「お母様、お父様のことをお願いします。ぎっくり腰のようです」
「いやだわ。ぎっくり腰ってくせになるのよ。セバス、あとでお医者様の手配をしてちょうだい」
お母様はお父様の腰をさすりながら、執事のセバスと寝室へ歩いていく。
床に散らばったお見合い写真の束と数年分の貴族年鑑。ため息がでちゃう。ロレンスと婚約していた期間でも、お見合いの話は一応あったのね。知らなかった。あれ、これは?
鉄道関連事業の書類と橋の計画表が落ちていた。
鉄関連事業と橋の計画表は分厚いファイルになっていてかなり重い。これのせいでぎっくり腰になったのではというくらいだ。いや、やっぱりお見合い写真の束と貴族年鑑の方が重いかしら。
机の上にファイルを並べ、貴族年鑑とお見合い写真は片付け用の箱にいれておく。あとで執事が片付けてくれるだろう。
鉄道の方は、私が頑張らないとね。お兄様はいないし。中をめくって、ファイルの書類を斜め読みする。
そっかあ、鉄道事業もこんなふうに計画されていたんだね。前の人生では知らなかったな。前の人生ではほんとうに手伝いしかしていなかったんだと思い知る。今日から本格的に領地経営に携わることになるだろう。
とりあえず、お兄様と弟に手紙を出して、現況を知らせておこう。それから心配ないって書いておこう。
しばらくすると、お医者様の馬車が到着した。
診察を終えたお医者様曰く、過労とひどいぎっくり腰とのこと。
「なにか強いショックでもあったのですか? こんなにひどいぎっくり腰ははじめてだ」
お医者様もびっくりらしい。
「そんなぁ。王宮議会に行こうかと思っていたのに」
お医者様は首を横に振りながら、「無理ですな。動けるようになるまで半年かかるかもしれない。安静にしていてください」と言った。
お父様、不幸にしてごめんなさい。
お母様は看病のため、お父様といっしょにいると言っていた。
さて、貯まった仕事をしないとね。
がんばれ、私! ところで王宮議会って、誰が行くの? やっぱり私?
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