39 ケガをしたロレンス様

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39 ケガをしたロレンス様

 医者の言うことには、ロレンス様は命に別状はないというけれど、美しい顔に火傷のあとがついてしまった。  もっと早く発見されていたら、こんな事件が起きなかったらと思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。  駆けつけてきたエリザベス様は、ロレンス様の胸で泣いていた。 「やだなあ。大丈夫だよ」  エリザベス様の頭をロレンス様が撫でる。 「でも、火傷をしてしまいましたわ。痛そうです」 「痛くないと言ったらウソだけど、火が消えてよかったよ。気が付かなかったら町中が燃えてしまうところだろ?」 「そうですけど……。痛そうですわ」  エリザベス様は涙をぬぐう。 「覚悟していたさ。それに僕の顔に火傷の痕があったら、もう僕のことは嫌いかい?」 「そんなことはありません! お顔がどんなになろうと、ロレンス様はロレンス様です」  エリザベス様はまっすぐロレンス様を見つめる。 「ああ、僕のエリザベス!」  ロレンス様はエリザベス様を強く抱きしめた。  うう、気まずい。あとはお二人でどうぞ。  なんだか熱々なようなので、そっと部屋を抜け出してきた。  ロレンス様の見かけがいいのは長所の一つだけど、エリザベス様がロレンス様の外見だけが好きでなくてよかった。  エリザベス様、ロレンス様のことをよろしくお願いします。    マキウス様も王都から夜遅くヴィスワフ領に入り、ロレンス様の御見舞いに訪れた。ロレンス様は今病院でなくてうちの客室にいる。本邸は広いから部屋数はあるの。使用人ではなく、エリザベス様自らロレンス様の看護にあたるらしい。ロレンス様とエリザベス様はしばらくうちにお泊りになるだろう。  急いで来てくださったマキウス様もきょうはうちに泊まることになった。とんぼ返りはかわいそうだもの。   「ロレンスは左頬に少し火傷があるようだが、元気そうでよかった」  マキウス様はほっとしたように語った。 「ええ。ほんとうに。お顔に傷をつけてしまいましたが、命には別状はなくてよかったです」  そうはいっても、うちの領地でケガをさせてしまった。ぜったい犯人を見つけてやるからね。うちの領地で好き勝手にはさせないわ。 「ロレンスとエリザベスはマリーのことを心配していたよ。無茶をして犯人を捜すって」  どうしてバレた? 「こっちをむいてごらん? わが愛しの婚約者」  マキウス様が私の顔を両手で包む。 「いいかい? ケガをしないように気を付けてほしい。一人では決して行動しないこと。僕に報告をすること」  相談はしなくていいの? と驚いていたら、 「どうせ相談せず、即行動だろ? マリー様には護衛をつけてあるから、すぐにこちらでも把握できるようになっている。ただ、護衛をまくのだけはやめてほしい。これだけは約束だ」  マキウス様は苦笑いしていた。 「はい。心にとどめておきます。でも、どうしてロレンス様はここにいたんでしょう?」  マキウス様に問う。  きっと何かご存じのはずだ。 「ああ、仕事を頼んだからだ」  マキウス様は観念したかのような顔をする。  仕事ですか。どんな仕事だろう?   腕を組んで考える。 「失礼します」  セバスが部屋をノックした。 「領民のロイとアリアが来ています。お会いしますか?」 「ええ。すぐに行くわ」  ロイとアリアが? どうしたのかしら。  マキウス様と共に玄関ホールへ急ぐ。  ロイとアリアの顔は青くなっていて、震えているのがわかる。  アリアの服は泥や煤であちらこちらが汚れていた。足や靴はびしょぬれだ。  ロイとアリアは私の顔を見るといなや、床に這いつくばって頭を下げた。 「本当に申し訳ございません」  ロイとアリアがそのままの姿勢を崩さない。アリアは静かに泣き出した。 「どうしたの? いったい何があったの? 顔を上げて、二人とも」  訳が分からない。  マキウス様と私は顔を見合せた。 「娘がとんでもないことをしたんです」  ロイがアリアの方に視線をやる。アリアはうつむいたままだ。 「すいません。ほうとうに申し訳ない」 「もう謝らなくていいから、わけを言いなさい」  ロイの顔に涙が流れる。 「鉄道に石を置いたのはアリアなんです」 「えええ?」  目を見開いて瞬きする。 「どうして?」  マキウス様が優しく声をかける。 「タクランの町の再開発で、安く店を出すことができると聞いたんです。だからアップルパイの店を出したんですが、どうやら借金した相手が悪かったみたいで」  ロイが説明する。 「誰からお金を借りたの? アリア」  アリアの顔をじっと見つめる。 「アッタラマ会です」  アリアは小さな声で答えた。  うわ、ここでアッタラマ会が出てきた。  でも、どうして? たしか商工会の方でローンが組めたはずだ。 「安くしてくれるって、教えてもらったんです」 「誰に聞いたの?」 「……」  アリアは黙ってしまう。 「アリア、ちゃんと言うんだ。お嬢さまなら何とかしてくださる」 「……」  ロイが説得するが、アリアは俯いて首を振る。エプロンの上にポツンポツンと涙が落ちている。 「アリア、泣いていたらわからないわ。何とかするから、話してみて? マキウス様もお力添えしてくれるわ。マキウス様は伯爵様よ。お父様は王宮議会の議長なんだから」  アリアは顔をゆっくりあげる。  権力の有効活用である。 「力になろう。約束する。悪いようにはしないよ。だから、すべて話すんだ」  マキウス様に言われ、アリアは肯いた。 「タクランの町でお弁当屋さんをやっているミヨーナってご存知ですか? ミヨーナが紹介してくれたんです。ひと月の支払いは一万ダランだって教えてくれたんです」 「一万ダラン! 無茶苦茶安いじゃない!?」  一万ダランとは十日ぶんの食料が買えるくらいの金額。商工会でお金を借りるとしたら、月々の支払いは三万ダランくらいかな。 商工会の支払いだって格安なのに、それより安い。 「そんなに安くちゃ、商売にならないだろう。おそらく金利が高いとか、なにか条件があったはずだ」  マキウス様が腕組みをする。 「そうなんです。安かったので飛びついてしまって、よく契約書を読まなかったんです。もっとよく読めばよかった。利息が高くって、一日1000ダランずつ増えて、どんどん借金の額が増えていったんです」  うわ、あくどい。そんなのひどすぎる。 「後で見たら、小さな字で隅っこに書いてありました。急いで解約しようとしたら、一括返済してもらわないと解約できないと言われて……。一括返済できなくて困っていたら、ミヨーナがまたこそっと私にささやいたんです。仕事をしないかって」  アリアは口をぎゅっと結んだ。 「アリア、大丈夫だから。続きをお話をして?」  アリアは私の顔を見て眉を八の字にした。 「マリー様。本当にごめんなさい。ミヨーナに『線路に石を置けばいいの。仕事はそれだけよ』って言われたんです。列車が通らない時間に石を置くだけでいいって。そんなの、列車が危ないからできないと断ったら、『これは警備隊がちゃんと働いているかのテストなんだ』というのです」  はあ? すごいな、それ。びっくりです。  思わず目が丸くなる。 「半信半疑だったのですが、『急がないと仕事の期限が来ちゃう。お金を渡せないわよ』と言われて……。そうしたら、ミヨーナが両手で抱えるくらい大きな石を持ってきて『これを線路の上に置いて』というので、一旦置いたんですが、ちょっと怖くなって、ミヨーナが見てないときにこそっと小さな石にしたんです。でも、やっぱり脱線事故が起きてしまって、本当にごめんなさい。マリー様もエリザベス様も赤ちゃんも乗っていたって聞いて、びっくりして……。なんてことをしてしまったんだろうと頭を抱えていたら、お父さんが私の様子がおかしいと気が付いて……」 「そうだったのね。エリザベス様も赤ちゃんも私も無事よ。脱線事故でケガ人はでなかったから大丈夫」 「よかった」  アリアは泣きすぎて目が赤くなっている。  これからは線路の警備にも力を入れたほうがいいのだろう。てっぺんにいるということは足を引っ張られるということだ。すべてにおいて注意した方がいい。 「いま借金の方はどうなってるの?」  アリアとロイは首を横に振った。  借金はそのままかぁ。  どうしましょう。やっぱりアッタラマ会の借金を一度精算しないといけませんね。それも早くしないとどんどん借金の額が増えてしまいますから。  しかめっ面をしていたら、マキウス様がほほ笑まれた。 「あとは我が伯爵家にお任せください」  マキウス様、目が笑ってない。 「ホークをつかいます」  マキウス様はそっと耳打ちした。  ホークって、あのホーク! 王家のカラス、伯爵家のホークのホークですね。ベラルント伯爵家の情報処理機関です。 「借金はこちらで清算します。ヴィスワフ鉄道会社の社長で商工会会長のマンタさまに事情を話し、謝罪して下さい。それから商工会のほうと話し合って、借金の返済計画を建てましょう」  アリアは不安そうな顔をしている。 「あ、あの……」 「大丈夫よ。アリアは私の領民。守るわ」  アリアの肩に手を置く。 「あの、お弁当屋さんの裏で火事を起こしたのも、ミヨーナだと思います。火事の現場からにげるところを見たんです」 「え?」 「どうしてそう思うんだい?」  マキウス様が優しく聞く。 「鉄道事故は起きたけれど、規模が小さすぎたって。『それじゃ借金はチャラにならない』ってミヨーナに言われました。それで、『今度は駅で売っているここのお弁当屋さんを燃やしてきたら、アッタラマ会に借金の交渉をしてあげる』って言われたのです。わたし、恐ろしくなって断りました」 「そうだったのね」  ミヨーナか。火つけの犯人ぽいけど、現場からいなくなるのを見ただけでは証拠として弱いと思う。 「でも、断ったら、『いつまでもお店があると思わないでね。お店が燃えちゃうかもよ』って言われて……。ただの脅しだと思ったんだけど、気になってよくあの辺りを見に行っていたんです。そうしたら、裏口から火が出ているのをみて、火を消そうと……」  ああ、だからアリアの顔色が悪く、服がよごれていたのか。 「アリアを脅すなんて許せない」 「社会経験が少ない若い子を食い物にするとは。商工会の方でも教育や啓もうが必要だな。今後第二、第三のアリアが出てこないとも限らない」  マキウス様は手をあごにやり、続けた。 「ロイ、アリア。あとは任せてくれるかい?」 「そんなことをして、マキウス様が危ないんじゃ? 相手は悪徳商人だろ?」  ロイの顔が険しい。 「大丈夫ですよ。私はマリーの婚約者です。家族なんですから、妻の実家の領地の面倒を見るのは当たり前です。それにアッタラマ会のやり方には腹に据えかねていたので、いい機会です」  もしかして怒らしてはいけない人を怒らせた?  アッタラマ会の裏にはポルケッタ帝国がいる。慎重に動かないと。 「いろいろやらかしてくれているようなので、そろそろこちらも反撃と行きましょう」  マキウス様が口角を上げた。
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