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42 反撃3 王都と解放戦線
「鉄道事業に興味があるんだ。相談に乗ってほしい」
誕生日パーティーのあと、手紙がやってきた。
相手はサラワニ商会のマケラス様だ。覚えているだろうか。ほら、鉄道の工事をするために紹介巡りをしたときに、12軒目に行った相手ですよ。
マケラス様はミグレ侯爵の3男らしい。ミグレ侯爵家も鉄道事業に興味があるんだって。侯爵家として表だって動けないので、サラワニ商会を仲介に頼んできた。ミグレ侯爵家はミグレ銀行も経営している。なかなか商売上手な御家でもある。
王宮議会の議員たちが鉄道見学をしてどう思ったのか。率直な反応も気になったので、マキウス様のところに行くついでにサラワニ商会を訪ねることにしたのだった。
王都に着いてびっくり。
町がなんとなく汚い。道路に紙が散らばっていた。汚れていてよく読めないものが多い。
「なんて書いてあるのかな。見てみたいな」
ビラを配っている人もいるが、列をなしている。周りに人が多くて、私は受け取れなかった。
残念。あとで綺麗に落ちているものを見つけて読みたい。
とりあえず何かおやつでも。お腹減っちゃったわ。
なぜか屋台が減っている? 変だなあ。
どうしよう。串に刺さっているお肉が食べたかったのに。がーん。ないじゃん。
パン屋さんはもう昼過ぎだからあまり種類がなかった。肉とかちょっとガツンとしたものが食べたいのよ。この際甘いものでもいいかと思ったけど。
屋台がやっぱり減っている気がする。
「お腹空いた。ぐううううう」
朝ご飯を少しだけ食べて王都に来たから、腹の虫が騒ぎ出した。いまは昼過ぎだ。何か食べたいのに適当な屋台がない。どうしてだろう。ひもじい。
「お嬢さん、りんごでもどうだい?」
八百屋のおばちゃんが苦笑している。
「え、でも……。ぐううううう」
断ろうとしたけれど、腹の虫がイエスと答え、恥ずかしくなる。もう、正直すぎるお腹は罪だ。
「若い乙女がお腹を空かしちゃかわいそうだ」
「へへへ。リンゴを一つください」
「はいよ」
おばちゃんは近くにあった布でリンゴを磨いてからくれた。
「おばちゃん、屋台がないのはなんで?」
「ああ、きょうはたぶん抗議運動があるんだよ」
「抗議運動?」
おばちゃんは顔を通りの奥へ向けた。
「もうすぐ来るんじゃないかな。お嬢さんは行くところがあるのかい?」
「ええ。貴族街のほうに」
おばちゃんは顔を曇らせた。
「今はうごかないほうがいい。これから荒れるからね。少しうちでやすんでいきな」
「え? でも」
戸惑っていると、大きな声が聞こえてきた。
「貴族制度反対!」
「反対!」
「王家の無駄を許すな」
「許すな」
えええ? 抗議運動って、これなの?
数十人の男や女が固まって、大きな声を上げ、商店街を歩いている。
「さあさあ、店をちょっとの間閉めるから、中においで」
おばちゃんが私を引っ張った。
ピー、ピー。
笛の音が通りの反対側から聞こえてきた。
「衛兵?」
「あれは風紀憲兵だよ。気をつけな。とっつかまると何をされるかわからないよ。抗議運動に関わっていないのに、捕まえられた奴もいるし。捕まったら帰ってこないから」
おばちゃんは顔をしかめた。
「そんなことがあるの?」
「最近だね、こんなことが起きているのは。平民運動をしているやつらとか、解放戦線ってグループのやつらを風紀憲は探しているって話だね」
「そ、そうなんですね」
平民運動や解放戦線の名前を聞いて、おもわずドキッとする。
「平民にも議会を!」
「議会を!」
「王都にも鉄道を!」
「鉄道を!」
抗議運動をしている人たちは大きな声を張り上げる。
この人たちが平民運動をしている人たちなんだろう。プラカードを掲げて徒党を組んでいる。
ピーピー。ピーピー。
風紀憲兵がかけつけた。
「侮辱罪および反乱罪で逮捕する」
風紀憲兵の偉そうな人が大きな声を張り上げた。
ピー!
ひときわ大きな笛の音が響き渡る。風紀憲兵たちはいっせいに抗議運動をしている人たちに襲い掛かった。
「他国の経済的支配を許すな!」
「許すな!」
抗議運動をしている人たちは風紀憲兵に殴られたり蹴られたりしても大きな声を上げる。
カーン。カーン。
鐘の音が突然鳴ると、抗議運動の人たちは踵を返し、逃げ出した。風紀憲兵らは抗議運動の人たちを追いかけていった。
「ほらね。店が荒らされるんだよ。だから抗議運動がある日は屋台が少ないんだよ」
なるほど。おばちゃん、ありがとう。
おばちゃんがまだ私に店の中にいるよう促す。
「風紀憲兵だ! 逃げろ」
窓にビラが飛んできた。領地に戻っているうちに、王都がこんなことになっているとは思わなかった。
しばらくすると、風紀憲兵も抗議運動していた人たちもいなくなったようで、街のひとたちがぞろぞろと道に出てきた。
おばちゃんに匿ってもらったお礼を言い、貴族街へ向かう。マキウス様のことが心配だ。まさかベラルント銀行を襲ったりしていないよね?
ベラルント銀行につくと、ベラルント銀行は無事だった。
「抗議運動に会いませんでしたか? 大丈夫ですか?」
銀行の受付の人が私に尋ねた。
「ええ。なんとか。商店街の方がお店の中にいれてくれたので大丈夫でした」
「よかったです。貴族街も物騒になってきています。当行は大丈夫ですが、ユーシベ銀行などは襲われたこともありますから。お気を付けください」
なぜそんなことになっているの? 何が王都で起きているんだろう。
思わず目が丸くなる。
応接室に通され、マキウス様が慌てた様子でやっていた。
「マリー! 無事だったかい? ほんとうに無事でよかった」
「びっくりしました。抗議運動と風紀憲兵の鉢合わせに遭遇したのです」
マキウス様の顔色が悪くなる。
「よく無事でいてくれた」
マキウス様は私の手をとり、身体中を見回した。
「ケガはなさそうだね?」
「はい。親切な八百屋のおばちゃんがお店の中に入れてくれたんです」
ビラをマキウス様に見せる。
「王都の平民の方々は不満があるみたいですね」
「ああ、平民運動が起きているね。その中でも解放戦線が活発に動いているようだ」
「解放戦線っていったい何なんですか」
「この前、マリーも会っただろう? リリア嬢に。彼女は傍系ではあるが、一応親戚の娘だ。といってもだいぶ血が薄いがね。ベラルント伯爵家は時流を捕まえるのがうまいものが多いのが特徴だ。各国に留学生を送り、世界の情勢を把握する。その中でたまに現体制を不満に思い活動するものが出てくる。それが解放戦線だ。公にはベラルント伯爵家は支援していない」
「はあ」
「向こうもベラルント伯爵家の支援を期待はしていないがね。活動は全く勝手にやっているんだが。ベラルント伯爵家は今回の活動に対し静観している。つまり敵にはならないと現当主も私も表明しているんだ」
「そうなんですね」
「この銀行やうちの商売のネットワークには影響は出ないはずだ。間違って攻撃されなければだが。規模がデカくなると、統制も取れなくなるだろう。万が一のこともあるから気をつけておく方がいいね」
「そうですね。そういうことなんですか」
ビラに目を落とす。王家の存続の意義を問い、貴族制の撤廃をうたっている。
現時点でいきなり王家がなくなることってあるんだろうか。貴族制がなくなることがあるんだろうか。この国は大丈夫なんだろうか。
テーブルの上にある紅茶をいただきながら考える。
もし王家がなくなったら、誰がこの国を治めるのか。王に代われるような人なんていないのでは?
平民の間でも貴族の中でもカリスマ性があり、お金もある人なんて思い当たらない。
貴族制が仮になくなったら。
確かにヴィスワフ子爵領なら貴族制がなくなっても存続できるだろう。なぜなら鉄道やタクランの町などしっかりとして経済の裏打ちがあるから。
ほかの貴族たちはどうなんだろう。商売でうまくいっている貴族なんてベラルント伯爵家のほか数えるくらいしかない。あとはミグレ侯爵家か。意外にユーシベ伯爵も生き残りそうだ。
うーん。でも、どうやって貴族制をなくすんだろう? 王家って潰れることってあるの? 見当もつかないんだけど。
「マリー様に会わせたい人がいる」
「は、はい?」
マキウス様の顔を見ると、マキウス様はにこりと笑った。
あの笑顔は何か企んでいるときの笑顔。だいぶマキウス様のことが分かってきたのだ。
「ところで、マリー様はこの国を治めるものになるのと、議長になるの、どっちがいい?」
はあ? どういうこと?
何言っているのかわかりません。もしもし、マキウス様?
「こんにちは。リリアです。マリー様、お久しぶりです」
ああ、食いしん坊令嬢!
応接室の扉を開けて出てきたのはリリア嬢だった。
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