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43 反撃4 議長のお誘い
「解放戦線の!」
「リリア・ベラルントです。ベラルント伯爵家の遠い親戚になります。現当主であるムアバイア・ベラルント伯爵様に支援していただき、隣国に留学しておりました」
ムアバイア様の支援で一緒に留学したって、うちのお兄様が言っていましたよ。
「はい、アルフレッド・ヴィスワフ様と同じ留学先でした」
リリア様は笑った。
すごく痩せているけれど、大丈夫かしら。リリア様の手足の細さに驚く。この前会ったときは、それどころでなくて気が付かなかった。でも、利発そうな目がキラキラしているのが印象的だ。
「こいつは痩せの大食いだ」
マキウス様が笑う。
「うるさいですね。頭を使うと、お腹が減るんですよ」
「頭はいいが、変人だ」とマキウス様。
「今は解放戦線というグループを立ち上げて活動しているらしい。危ないことはやめてほしいんだがね」
ムアバイア様がドアを開けて入ってきた。
慌ててご挨拶しようとすると
「サラワニ商会のマケラスもいるよ」
ムアバイア様が手招きして、こちらに呼び寄せる。
サラワニ商会のマケラスは、鉄道を敷くために王都の商工会から紹介してもらった12軒目の商会だ。そのときは取引には繋がらなかったけれど。今度、鉄道事業について話をする予定だったはずだ。
「サラワニ商会のマケラスです。ご一緒するのも憚られたのですが」
「気にすることはない。マリーは息子の婚約者で、もう家族同然だ」
ムアバイア様がほほ笑んだ。
「そうですよ。貴族とか貴族でないとか関係ありませんから。そういう時代がもうそこまで来ています」
リリア様が顔をあげた。頬にクッキーのカスがついている。いつのまにテーブルのお茶菓子を食べたんだろうか。
「こうしたほうが一回で終わるだろ?」
マキウス様は私を見てにこりと笑った。
この策士! でも、たしかにその通りだ。
「ここは銀行だからね。商売の話をする人が来るから、ベラルント銀行にみんなが来ていてもおかしくはない」
そういうことですか。
「ここにいるのは、マリー・ヴィスワフ子爵令嬢。私の婚約者だ」
マキウス様が私の腰に手をやると、
「そういうのは、今、別にいいから」
リリアがぴしゃりとツッコむ。
「ゴホン。ヴィスワフ子爵令嬢が鉄道事業を軌道に乗せたのは周知の事実。皆さんもご存知だと思う。そこで、本日はこれからのカルカペ王国、私たちの未来について話し合いたい」
マキウス様の言葉にサラワニ商会のマケラス様は大きくうなずいた。
「サラワニ商会のマケラス様はミグレ侯爵家の代表と思ってほしい。ミグレ侯爵家は侯爵家。王家や公爵家も動向を監視していて大きく動くことができないからだ」
マキウス様がそれぞれの立場を説明していく。サラワニ商会のマケラスはミグレ侯爵の妾腹の子らしい。お母様が平民ということで、成人して市井に下られたという。
「解放戦線の代表はリリア嬢だ。解放戦線の望みは貴族制の廃止と議会の進出だな?」
「そうです。要求が通らなければ、王宮議会に爆発物を送りつけるというグループもあるので、調整が必要です」
「どうにか荒っぽいことがなく、議会に民意を反映させられないか。考えてほしい」
ベラルント現当主ムアバイア様が穏やかに話しかけた。
「ムアバイア様、無血で議会に平民を送りこむのは難しいのではないでしょうか。貴族たちがまず納得しないでしょう。王家と王宮議会を乗っ取り、直接要求を突き付けたほうが手っ取り早いという意見もあるのです」
「解放戦線というのはずいぶん手荒いな。自分たちの要求が通ればそれでいいかい? 無理やり王家や王宮議会を乗っ取って解散させた後、どうするのです?」
ムアバイア様がリリア嬢を見つめる。
「解放戦線としては、王家と王宮議会を解散させ、民意を反映させられればいいと」
「それが甘いというのです。どう反映させるというのか」
ムアバイア様がため息をついた。
「リリア嬢、解放戦線が言いたいことはよくわかりますけどね」
サラワニ商会のマケラス様がほほ笑んだ。
「平民だからなめられ、侮られ、嫌な思いをたくさんしたことがあるのでしょう。しかし、世界はカルカペ王国だけでできているのではありません」
「そうですね。ヴィスワフ子爵領もヴィスワフ子爵領だけで成り立っているわけではありませんからね」
「なぜです? なぜそんなことを言うんですか」
リリア嬢は私の顔を見た。
「ヴィスワフ子爵領はハトラウス王国の隣です。ですから昔から交易が盛んでした。今回鉄道を敷くことでハトラウス王国との交易がますます盛んになり、王都へたくさんのものが流れたとおもいます。また、鉄道を敷くためにベラルント伯爵家から甚大な協力を得ました。つまりですね、ヴィスワフ子爵一人ではヴィスワフ子爵領だけを富ませるはできなかったというわけです」
「はあ」
リリア様はしぶしぶ頷く。
「王宮議会や王家を解散させる。そういう目的の是非はこの際置いておいて話をするが、カルカペ王国はカルカペ王国だけで成り立っていない。ハトラウス王国やポルケッタ帝国とやりとりをして存続している。カルカペ王国の王家や王宮議会をつぶすと、つぎにこの国を支配してくるのはポルケッタ帝国だろう」
「いったいどういうことですか?」
マキウス様の答えにリリア嬢は顔をしかめた。
「内政だけでなく、国際状況も考えろということだ」
「マキウス様の言う通り、現にポルケッタ帝国やアッタラマ会はヴィスワフ子爵領や鉄道の利権を狙っています。おそらく王家にも食い込んでいて、いつでも乗っ取れるよう準備を進めているはずです」
私はマキウス様の言葉に大きくうなずいた。
「リリア、いいかい? ただ王家や王宮議会をつぶすだけではだめなんだ。よく考えて、少しずつ進めなくてはいけない。でなければ、私たちカルカペ王国民すべてがポルケッタ帝国の捕虜に、もしくは奴隷となるよ」
ムアバイア様が諭した。
完全に孤立していて独立している国だったら、リリア様たち解放戦線の革命も成功するだろうが、カルカペ王国はそういう国ではない。他国と交易をし、バランスを取りながら成り立っている。
「ミグレ侯爵家もそうお考えなんですか?」
リリア嬢は難しい顔でサラワニ商会のマケラスに聞く。
「ええ。侯爵家という立場で、この国の行く末を心配していますね。一番いいのは、王家が鉄道を敷くよう命令を出せばいいのですが、ポルケッタ帝国寄りのものもいますからね。王家を傀儡化している。そういうわけで、王家主導はすぐには無理でしょう。それならば、貴族が主導はどうかというと、王家に対し忠誠を誓っているものもいますからね。それも無理。とすると、あとは下級貴族か平民が頑張るしかない」
「ええ、私もそう思います」
鉄道見学会で鉄道のミリョクを訴えても、連絡をくれたのはミグレ侯爵がバックについているサラワニ商会のみだ。
「ポルケッタ帝国に宣戦布告して、アッタラマ会をぶっ潰せばいいですかね?」
リリア嬢は口をへの字にする。
「そんなことしても何もメリットがありません。戦争を招く口実を与えるだけです。戦争をしてもこの国は戦争をするだけの国力もないですから、すぐに敗けてポルケッタ帝国に支配されるだけです」
私が応えると、リリア嬢は困った顔をした。
「こういうときは商売人としてはのし上がるチャンスですからね。頑張らないといけませんね」
サラワニ商会のマケラス様は楽しそうに笑った。
マキウス様も笑っている。
こわ! どうしてそうなるの?
「平民は革命を起こしたい。しかし急な革命は困難を招き、それに乗じて国をポルケッタ帝国に支配される可能性がある。例えば、解放戦線がもしポルケッタ帝国の手先であるアッタラマ会をつぶすか、ポルケッタ帝国に宣戦布告したら、戦争になり、敗戦国としてポルケッタ帝国に支配される。そういうわけだ」
マキウス様が簡単にまとめた。
「では、解放戦線はどうしたらいいんですか。王都民たちは、平民たちは現在の王家や王宮議会に不満を抱いています。爆発寸前なんです。私は解放戦線代表として平民運動の急進派のグループに待ったをかけています。それもいつまで持つかわかりません」
現状を訴え、困っているリリア様。ムアバイア様、マキウス様、サラワニ商会のマケラス様がにこりと笑った。
「解放戦線ではなく、平民代表を作ったら?」
ふと思いついて言ってみた。
「マリー様は面白いことを考えるねえ」
「うまいこというね」
「さすが、ヴィスワフ子爵代行はすごいね」
ムアバイア様、マキウス様、サラワニ商会のマケラス様が感心したような声で言う。
「え? 何かまずいことをいいましたか?」
「いや、何も」
ムアバイア様が私の頭をなでた。
どうして頭をなでられた?
マキウス様がムアバイア様のことを睨む。
「ほめてあげたかったんだよ。いいだろ。もうすぐうちの嫁だ」
「それとこれはべつです。マリー様に触らないでください」
「うちの息子は悋気が強い」
ムアバイア様が肩をすくめた。
恥ずかしいので、その辺で終わりにしてください。
顔が赤くなる。
「そういうの、後にしてもらっていいですか? で、どういうことなんです?」
リリア様がため息をついた。
「マリー様には議会の議長になってもらいたい」
「ええ?」
ムアバイア様が嫌とは言わせないという顔で私を見た。
議長? 王宮議長はムアバイア様では? ええ? どうしてこういうことになった?
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