61人が本棚に入れています
本棚に追加
/46ページ
44 反撃5 王宮議会と平民議会
王宮議会の扉をマキウス様とくぐる。
「ここでまっていればいいのですか?」
マキウス様に言われて議長の机がならぶ奥の舞台袖にそっと隠れた。
「ああ、そこで呼ばれるまで待機していてくれ」
マキウス様はパチンと片眼を閉じた。
不意打ちのウインクを食らい、胸がドキっとしてしまった。婚約者にドキドキさせられている選手権があったら、絶対優勝すると思う。
さて、きょうは臨時王宮議会が招集される日だ。
議題は王都の治安について。解放戦線の運動が活発化し、ビラがまかれたり、抗議運動の人たちが練り歩いたりするため、王都が乱れているということらしい。
王宮議員らが続々と議会室に入ってきた。ガヤガヤと声がする。
議長のムアバイア様も一番前の議長席につく。
議長であるムアバイア様は舞台袖のカーテンのところにいる私を見つけ、小さく口角を上げた。
「静粛に!」
ムアバイア様の声に議場が静まり返る。
「臨時王宮議会を開催する。本日の議題は乱れた王都の治安についてだ。現状の確認をしたいと思うが、反対意見がある方は?」
議員たちは互いの顔をみて様子をうかがう。
「反対はなさそうなので、各議員、王都の治安についてと領地のようすについて報告してほしい」
ムアバイア様が議題を掲げると、議場がざわついた。
「報告? そんなの無意味だ!」
後ろの方から声が飛ぶ。
「王都の治安が悪化しているのはご存知だと思う。その影響が領地にあるかないかは重要だと思うが、もしや自らの領地の様子を知らないのではあるまいな」
ミグレ侯爵が立ち上がり、振り返る。
「そ、そんなわけないだろう」
顔を赤くしてヤジを飛ばした男性議員は座った。
ミグレ侯爵、強いです。
「平民運動が盛んになってきている。王都は王都民のための政治を、カルカペ王国の王国民のための政治をしなくてはいけない」
ムアバイア様が議員の顔を見た。
議題について話し合いが始まり二時間ほどが経った。
ちょっと足がつりそうです。動かしてもいいだろうか。いや、今見つかるのは演出上よろしくないだろう。もうちょっと。もうちょっとの我慢です。
平民運動、つまり解放戦線の活動について議員たちはいつ貴族の地位をはく奪されるか危惧していたことが分かった。
いきなり貴族制度がなくなった場合、王家はどうなるのか。王家がなくなったら? もしくは他国に王家が乗っ取られたら? 国際的状況からみて、平民運動の混乱に乗じて、手始めとして経済的にポルケッタ帝国に侵略される可能性があるという結論が出た。
どうしたらポルケッタ帝国を撤退させることができるのか。どうしたら貴族制度がある意味を納得させられるのか。
議論は続いている。私たちが先日話していたことと同じである。
「国力を高めなければいけない」
「そうだな」
「その通りだ」
「経済的支配を避けるには自国の力を上げなくてはいけない。何をしたらいいのか」
「いま、勢いがある領地といえば、ヴィスワフ子爵領だな」
議員たちがうなずきあう。
「では、ヴィスワフ子爵代行をお呼びしましょう」
ムアバイア様が私を呼び寄せた。
スクッと立ち上がって見せる。本当はちょっとぐらっと来たけど、とっさにバランスをとったのよ。
議員たちは私を受け入れるだろうか。緊張でのどがカラカラだ。
「マリー・ヴィスワフ子爵代行、こちらへどうぞ」
「はい」
議長の隣に椅子が用意された。
突然議会に現れた私を見て、議場はざわついている。
「ヴィスワフ子爵領が豊かになった理由を話してほしい」
ムアバイア様はそんな様子を無視して、私に笑いかけた。
「ヴィスワフ子爵領はハトラウス王国と交易している領地です。大雨で両国の懸け橋が流され、新しい橋を架けることになりました。ハトラウス王国では鉄道が走り始めており、列車を走らせることができる橋もかけたいと打診があったのがきっかけです」
「なるほど。やむを得ない事情からはじまったんですね」
「はい。交易を続けるには、橋をかけなければなりませんでした。交易をやめたら、領地経営ができなくなるので、その選択肢はありませんでした。橋を架けるために王家に承認を求め、鉄道を自らの領地でも走らせることにしました。その方がハトラウス王国からの交易商人たちも便利ですから」
「鉄道事業は上手くいっていますか」
「次期当主、職人たちを隣国へ留学させていましたから、比較的スムーズだったと思います。また鉱山で利用していた線路があったので下地として利用できました。鉄道事業は物流の量、速さにおいて革命をもたらせました」
「最後に質問です。この国を豊かにするとしたら、あなたならどうしますか」
「他国はすでに鉄道を隅々まで走らせています。馬車で荷物を運ぶ時代はいずれ終わりが来ます。その時に乗り遅れないよう、この国も鉄道事業に乗り出すべきだと思います。また、貴族が富を占有する時代も終わりを迎えるかもしれません」
議場の空気が大きく揺れたのを感じた。
「というと?」
ムアバイア様が私の顔を見て小さく微笑む。
よし! 言っちゃえ!
「ハトラウス王国ではすでに平民が力をつけ、議会に進出しています。貴族を通してではなく、民意を直接議会に反映させるようになってきています。この国も平民運動が盛んになってきました」
周りの議員の顔を見て反応を見る。
「うるさいぞ!」
「平民なんかに議会が運営できるか!」
拒絶反応を示す議員や顔をしかめ、考え込む議員が見て取れる。
「今後、我が国もそのようになると?」
「ええ。ハトラウス王国だけではありません。他の国でも同じ事が起きています。資本力をつけた平民が政に関わってくる。いずれこの国でも起きるのが当然なことかと」
「あり得ない!」
「平民に何ができるというんだ!?」
「あいつらは何も考えていない」
怒声が響く。
「静粛に! 静粛に!」
ムアバイア様が声を張り上げた。
「貴族制度を今すぐなくすべきというわけではありません。国力を高めるため、鉄道事業に着手する。着手したものが富を得るのかもしれません。富があるものが力をつける」
続けて説明をする。
「そんなの許されない!」
「許されないも何もありません。私たちは領民のために政治をおこなっているのですから、領民がそれを求めたら変わっていかないといけないのです」
「そうですね。誰かご意見はありませんか?」
私は意見を周りに求めた。
議場は戦々恐々としている。だれも自分の意見を言おうとしなかった。
「あの……。では、続けて私が話してもよろしいですか?」
「いいですよ。なんでしょうか」
ムアバイア様が頷く。
「平民だけの議会も作ったらいかがでしょうか?」
言ってみた。言っちゃったよ。
だって、貴族であることに誇りを持っているこの議員たちと一緒に話し合うなんて無理じゃない? 今だってこんなにバカにしているし。
なら、平民だけの議会も作って、王宮議会の結論と議論すればいいのではと思ったの。ね? いい考えじゃない?
「平民の議会? そんなの成り立つのか? あいつらは学がない。何も考えていないじゃないか」
ユーシベ伯爵が鼻で笑った。
「王家はどうなるんだ。不敬だぞ」
ズミアカ公爵が吼える。
「王家が鉄道事業に積極的ではなかったからこんなことになっているんですよ」
マキウス様が立ち上がった。
「王家が主導して鉄道事業に携わればよかった。ポルケッタ帝国の商人に骨抜きにされ、国庫は厳しくなっているじゃないか。だから王家は鉄道事業に携わることさえできなかったんだ」
「不敬だぞ!」
ズミアカ公爵が大きな声を上げた。
「事実を言っているだけです。王家を倒そうと平民運動の中の急進派たちは考えているでしょう。現に王宮議会に手紙が届いています」
マキウス様は手紙をみんなに見せた。
「この国の政治に王国民の民意を反映させろ。できないのであれば、力でもぎ取ると書いてある。これをどう受け止めますか? 王都で暴動が起きたら? 王家を滅ぼす革命が起きたら? あなたたちの領民も領地で革命を起こすかもしれない」
マキウス様は議員たちを見回す。
議場は静まり返った。
「平民が台頭する、そういう時代が来るのかもしれません」
ミグレ侯爵が漏らした。
「そうなのかもな」
ポツリポツリと声が聞こえてくる。
「それでも王家が存続できるなら……」
ズミアカ公爵は首を縦に振った。
「平民の議会か。それでガスが抜けるなら、いいのかもしれないな」
賛成の意見がちらほら出てきた。
ほっと胸をなでおろす。よかった。なんとか受け入れてもらえた。じゃあ、さっさと帰ろう。こんなところにいたくないし。どんな飛び火があるかわからない。ははは。
そっと退出しようとしたら、マキウス様が怖い顔をした。
え? やっぱり帰っちゃダメなの?
仕方なく椅子に座りなおす。
もう私の役目終わったんじゃない? 誰か帰っていいって言ってよ~。
「だれが平民と橋渡しをするんだ? ベラルント伯爵家か?」
ユーシベ伯爵がニヤッと笑う。
どうしてこの人は根性が悪そうなんだろう。
私は嫌になってそっと目をそらす。
「我が伯爵家に平民議会に行けというならそうでも構わないが、他の伯爵家も平民議会へ参加することになるぞ」
マキウス様はユーシベ伯爵を見る。
伯爵家以下を平民扱いにして、平民議会へ行くならば同格の家も平民議会だとマキウス様が言っている。
「ユーシベ伯爵家も平民議員になるぞ?」
マキウス様がにこりと悪い笑みを浮かべた。
「反対反対。絶対反対。ここにいる者たちは上級貴族ですぞ。上級の議員であるべきです」
ユーシベ伯爵が汗をかきながら議員たちを説得する。
「平民議会は下級貴族および平民で構成したらどうでしょう。これまで下級貴族の意見も反映されてこなかった」
「なるほど」
議員たちが唸っている。
「それで大丈夫なのか?」
ズミアカ公爵は不安そうだ。ズミアカ公爵家は王家寄りだからね。王家に忠誠を誓っていて、どんな状況でもブレてない。いい人なんだろうなと思う。今回は敵側の人だけどね。
「大丈夫なのかと申しますと?」
「王家と貴族制は維持できるのかということだ」
「そうですね。(しばらくは)」
マキウス様はにこりと笑った。
「反対意見はございますか?」
議員たちはお互いの顔色を確かめ合う。
「反対意見がないようなので、平民議会を成立させます。初代平民議長はここにいるヴィスワフ子爵代行でいかがでしょうか」
がやがやと騒ぎ立つ。
「賛成!」、「いいんじゃないか」という声の中に「子爵は身体の具合が悪いらしいね。代行のご令嬢が平民議会の議長か」という意見が聞こえてきた。
議場が失笑に包まれる。
お父様をバカにしたわね。私が女だから何もできないとでも?
だんだん腹が立ってきた。
「初代平民議長はマリー・ヴィスワフ子爵令嬢にしたいと思います」
ムアバイア様ははっきりともう一度宣言した。
「そんなバカな!」
「女なんかに!」
「ふざけているのか」
「静粛に!」
ムアバイア様が目で合図するので、仕方なく立ち上がる。
「小娘が!」
「代行のくせに」
「静粛に。聞き苦しいですぞ」
ムアバイア様が静かにするように強く言う。
ほら、みんな私じゃ反対しているじゃないか。ね? 私でなくてもいいよね?
マキウス様を見ると、マキウス様は頑張れと口パクする。
うううう。仕方ありません。
「この度は平民議会の議長に推薦していただきました。ヴィスワフ子爵の代行の仕事は今日で終わりとなり、明日からは兄のアルフレッドが領主になります」
ご挨拶をしてみた。
おや、ちょっと待って! この流れで平民議会の議長って、今以上忙しくなるってこと? そういう流れだよね?
「では、決をとります。平民議会を成立させるでよろしいですか? 平民議会の初代議長は鉄道事業で成果をあげたマリー・ヴィスワフ子爵令嬢。賛成の方は挙手を!」
ムアバイア様の声に賛成の手が多数挙げられ、可決された。
はははは。がんばります。
最初のコメントを投稿しよう!