4 領地経営に携わる

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4 領地経営に携わる

 一週間後。隣国に留学しているアルフレッドお兄様から帰ろうかと打診の手紙が来た。弟のラルフレッドからも学校を休んで家に帰って手伝いをしようか?と手紙をくれた。優しい兄と弟。胸がジーンときた。ぜったいに死なせないからね。  貧乏でも未来のためにお金をかき集め、お兄様を留学させ、弟を王立学園に入れたのよ。ここは私がなんとしてもがんばります。私がなんとかします。お兄様も弟も自分のことに精進してくださいと返信しておいた。  書類の仕分けもだいぶ進んだ。意外にやってみると面白い。数字と報告書を以前の人生と照らし合わせていくと、なるほどって思うことがあるんだよね。お父様のサインがいるもの、急ぎのものと分けていって、急ぎのものは解決方法を書いて、お父様に提案する。お父様からゴーサインが出たら、進めることにした。サインのみで済むものは執事のセバスに寝室へ運んでもらった。 「去年はほんと不作だったのね。今年の農作物の育成状況はなかなかよかったのが救いね。去年の数字が残念過ぎる。よくみんな生活できたわね。ああ、うちの備蓄を放出したからか」   作物の取れ高が少ないのは、昨年不作だったから。予算に余裕がないのは一昨年の大雨で橋が破損し、隣国との交易に支障が出たため、現在修復していて、さらに鉄道事業の資材購入しているからとか。 「資材購入をもうちょっとしておきたいなあ」  今のところまだ高騰していないが、カルカペ王国全土で鉄道事業が始まったら、高騰し始めるだろう。ちょっと橋のお金が高いのが気になる。たくさん橋を架けたことがあるわけではないけれど、高い気がする。なぜかしら。  予算案を片手に、鉄道と橋の購入申請に目を通す。今のところ順調に進んでいるらしい。よかったよかった。  うちの鉄道って、もう少し伸ばしたりできないのかしらね。  地図とにらめっこする。  でもね、やっぱりお金よ。お金。予算があまりないのよね。鉄道事業で儲かるようになってから鉄道を延長するべきか。それとも延長工事を今からすべきか。  お金は大事。お金がすべてではないけど、やっぱり大きな要素だ。うーん。どこかからか降ってこないかしら。  腕組みをして唸っていると、侍女がそっと紅茶の準備を始めた。 「お茶になさりませ」 「うーん」 「マリー、根を詰めるなよ。休憩しなさい。イテテテテ」  リビングからお父様の声がした。寝室の主が動いてきたらしい。お母様が付き添っているようだ。 「はーい。分かりました」 「あなた、大きな声は腰に響きますわ」  お母様の慌てる声も聞こえてきた。 「どうしても王宮議会で予算の話をしたいんだがなあ。この国に鉄道網を造りたい」 「無理ですわ。また次の議会の時になさってください」  お母様がたしなめている。 「イタタタタ。でもこの国のためなんだ。ここで鉄道を敷かないと他国に後れを取り、いずれこの国は飲み込まれてしまうだろう」  お父様の言う通り、この辺りで一度休憩にしよう。お父様もお母様も仕事に夢中になるわたしを心配しているみたい。  お父様はこの国の未来を心配されているけれど、前の人生ではこの国に殺されたんだからね。はっきり言って、この国とかどうでもいい。私たちが生きて幸せになる。ここの領民を守る。これが最優先だ。  何か5年後の不幸を避けられることはないかって、探しているけれど、今のところない。ああ、どうしよう。 「お嬢さま、休憩ですよ」 「あ、はい。いただきます」  安いお茶の葉だけど、美味しく淹れてくれるのよ、うちの侍女。素晴らしいわ。高いお茶を美味しく淹れるのは簡単だろうけど、安いお茶を美味しく淹れるのってなかなか技術がいる。 「お嬢さまが立ち直ってくれて、うれしいです。執務室で書類をさばいているお嬢さまの姿。働く女性って、素敵ですわ」  ふふふといいながら、侍女はドアの方へ去っていく。  ん? どういうこと?  ああ、すっかり忘れていた。ロレンスのことはほとんど思い出すことはなかったわ。お父様のぎっくり腰と仕事で手いっぱいだった。  自分の情のなさを再確認した。  仕事に夢中になれるって素晴らしい。  ロレンス、幸せになってね。心より祈ってるわ。  ああ、このマドレーヌ、美味しいわ。ふうう。  脳に甘味が染みわたり、一息つく。  行き遅れ決定で結構。とりあえず、お兄様の留学が終わって、弟が王立学園を卒業するまで、私がこのうちを護ります。  さて、きょうはどこを見回ろうかしら。馬の準備をお願いしておこう。  領地の視察に行かないと。  毎日がハードです。やってもやっても仕事があるのよ。よくお父様がんばってたわね。  馬にまたがり、いま工事をしている橋を見に来た。  隣国ハトラウスとカルカペ王国との間にあるハープス川は結構流域面積が広く、流れが急なため泳いでは渡れない。    マイミア山脈からの川が合流しているからだ。今は仮の橋があるけれど、大雨になったら危ないので、急ピッチで工事が進められている。  橋の工事を担う人たちに差し入れを管理者に届け、工事の具合を確認する。    オペラグラスを今日は持ってきたのよ。  さっそくオペラグラスを覗くと、隣国の工事の様子が詳しく見えた。  んんん?  ハトラウス王国のほうは、橋まで鉄道を通すの?  もしかして、特別予算って、鉄道用の橋代のこと!? なるほど、それは高い金額なるわ。納得。一緒に鉄道工事もしちゃうのね。  お父様のぎっくり腰事件で、すっかり確認するのを忘れていた。では、マイミア路線も橋まで伸ばすってことか。ほうほう。お兄様の願望が書いてある地図ではなく、実際計画されていたのね。  じゃ、もうちょっと伸ばして、うちで一番大きな町タクランまで延長するとか、王都への入り口まで鉄道を伸ばしたらいいじゃない? そうそう、前の人生でも鉄道は延長されて、タクランの町まで走っていた。  いいことを思いついたわ。  地図を目を凝らしてみると、うっすらとタクランまでの鉄道の線が見える。さては、お兄様も考えていらしたのね。あとで、お父様に聞いてみよっと。    これから5年間、我が領地を支えることになったのはこの鉄道事業だった。タクランまで鉄道を伸ばし、人も物流も増えた。領地もすこしずつ潤っていった。  お父様に鉄道事業は頑張るようお伝えしよう。  前の人生ではお父様とお兄様が奮闘して鉄道事業を敷いていたから、今のように事業に関わることはなかったけど、今回の人生では私も執務に参加している。  私なら、どうするだろう。  これからのヴィスワフ子爵領の未来を考える。  タクランの町は、鉱山から出た宝石を加工したり、デザインする工房が多い。他の領地からの仲買人が訪れたりもする。宿はあるけど、観光向けって感じではない。店も地元住民が暮らすための店がほとんど。  タクランの駅を作っても、賑わっているタクランが想像できない。  やだ、どうしよう。特産とか、特徴とかないと駅をつくっても降りてもらえないんじゃない?  ああ、だからこの地図の鉄道にタクラン駅が薄くしか書いてないのね。お兄様の考えていたことが手に取るようにわかる。  駅を作っても、素通りされたらお金は落ちてこない。おおおお、せっかく作ったのに借金だけが増えていく。  鉄道事業と一緒に魅力的な街づくりをしないといけないわ。よその町と差別化できることがないかしら?  頭をひねるけれどアイデアが出てこない。  前の人生でもタクランの町は鉱石と工房の町だった。鉄道がとおるようになってから少しずつ活気が出た覚えがある。もっと早く活性化できるといいんだけど。  馬を預け、タクランの町を歩いてみるけど、活気がないというか静かな町という印象。  だめだわ。これではだめよ。  お父様を叩き起こして、街づくりの案をたてよう!  決意をして、家路へ急いだ。 「お父様!」  お父様の寝室を開けたらいなかった。 「お父様! どこ!」 「マリー、淑女はそんなことしませんよ」  お母様が呆れた顔をしていた。 「お父様は?」 「こちらでリハビリしていたところです。そんなに急いでどうしたの?」  お母様は私の様子にびっくりしていた。 「お父様に急ぎで確認することがあるのです」 「マリーか、こっちに来るがいい」  リビングのソファから声がした。 「お父様! 大丈夫ですか」  お父様はソファに横たわっていた。 「ああ、腰がどうしても痛くて途中休憩していたところだ。そんなに急いで何があった?」  お父様は俯いてソファに寝ているが、頭は動いているらしい。 「視察に行ってきたのですが、この地図によると、橋も鉄道がとおるのでしょう? それからタクランにも」 「ああ、うちはそのつもりだが。カルカペ王国ではまだ鉄道の周知が遅れているからなあ。鉄道の価値が分かっていない。だから5か年計画もしくは10年計画でゆっくり進めていこうとアルフレッドと話をしていた」 「まあ、お兄様とそこまで考えていたのですね。では今すぐ街づくりに着手しなくていいのですね?」 「ああ、タクランの町は工房が多い。うちの領地で一番の町だが、賑わってはいないだろう?」 「ええ。鉄道が通り、タクランの駅ができるなら、急がないと、借金の解消につながりません。だから、街づくりはどうなっているのか確認したかったのです。隣の国ハトラウス王国では鉄道がだいぶ敷かれている様子でしたわ」  私はオペラグラスを持っていったことを伝える。 「ああ、ハトラウス王国は鉄道事業に国家予算がついているからな」  お父様は苦笑した。 「そうでしたか」  うちの国はあまり鉄道に乗り気ではないらしい。でも、お兄様とお父さまは先を見越して準備されていたということね。    王宮議会が何を言おうと、少なくともうちの領地までは鉄道を通すと決めて、王都入り口まで鉄道を敷く計画になっているらしい。 「王都の議会にも一応領内に鉄道を敷く許可は取ってあるから、心配はいらない。ただ、街づくりもそろそろ動いたほうがいいとは思う。マリー、任せてもいいか?」 「はい! もちろんですわ」  お父様は苦痛で顔をゆがめながら、私の手を握る。  そういえば、断罪された時、鉄道事業を勝手に進めたとか言っていたなあ。  さっき、お父様は許可取ったって言っているけど。どういうことかしら? 確認した方がいいよね。  「お父様、王宮議会に許可を取ったとおっしゃいましたが、書類か何かあるのでしょうか」 「ああ、王のサイン入りの認可証を受け取っている」 「そうですか。その書類は金庫に保管してあるんですか」 「一応、保管しているぞ。どうした?」 「いえ、なんでもないです」  にこりと笑って見せる。  断罪された時、王子が「勝手に鉄道事業を展開させた」って言っていたわ。おかしいわ。この時点では許可証があったのね。  お父様が心配そうに私を見ている。  そうそう、今考えなきゃいけないのは街づくり。なかなか興味深いわ。私の手で、活気あふれる街に生まれ変わらせたいわね。 「私、街づくり計画を頑張りたいですわ」  闘志を胸に燃やしていると、先触れの馬が到着したのが窓から見えた。 「お父様、どなたかお客様のようよ?」 「うん? 来客の予定はなかったはずだが」  お父様はお母様を見る。 「ええ、予定は入ってなかったですわ」  お母様は執事をみる。セバスは小さくうなずいた。  使用人が慌ててリビングにやってきた。 「旦那様、王宮より至急の要件で使者がきたとのことです」  嫌な予感しかしない。  なんだろう。私の婚約解消が王宮に影響を及ぼすことはないから、別件だと思うけど。  お父様とお母様と顔をしかめて見合せた。 「お待たせしました」  お父様は無理やり起きて使者と対応する。 「王宮より呼び出しです。返事は今すぐいただきたく」  無表情の使者がお父様に手紙を突き付けた。使用人にはどうしても渡したくなかったらしい。  執事は苦い顔をしている。 「えええ?」  お父様は小さい声でつぶやいて、封を開ける。  みるみる顔色が悪くなっていく。けしてぎっくり腰が悪化したからではないと思う。  お父様は筆を動かし、その間に手紙を見るようにとお母様と私に手紙を渡した。  簡単に言うと、王宮議会に状況を説明に来い。それと早く橋と鉄道を敷けって書いてある。何をいまさら言うんだろう?  ぐわっと怒りが沸いた。前の人生でもそうだった。そういわれて、急いで鉄道事業を展開したはずだ。それで勝手にお前たちがやったって言われたのよ。  だいたいね、うちの領地が何をしてようが興味もなく、洪水でどんなに困っていようが、助けてくれなかったくせに、困ったときだけ命令するってひどくない?   うちは田舎だからって見向きもせず、どんなに困っていてもうちの国のお偉方は知らんぷりをしていた。橋を架ける事業も、領地内を鉄道を走らせるということも、先進的だとちょろっと貴族新聞に記事が載っただけどね。だから、知らなかったわけじゃない。その記事は、予算のところに、ファイリングしてあったわ。  お父様の腕はプルプルと震えている。使者が無言の圧力をかけるからだろう。腰も痛そうだ。  うちの領地の端、王都入り口から王都までは森を抜け、馬車で半日。  王都入り口からは王都の領域だ。    王都を直接管理する王城の仕事。森もあるし、開墾して今から鉄道を敷き、王都へつなげるのは骨が折れそうだと思う。うちの管理でないのが幸いよ。   うちの領内の鉄道事業は5か年計画。予算が足りなければ10か年計画にして鉄道を敷く計画になっている。今のところは順調で、あと2年くらいで完成予定。  王宮はいつまでにやれって言うんだろう。  二枚目の手紙を見ると、あと一年でうちの領地の鉄道を敷けって! ちょっと待って、最長十か年計画を一年でやるの? 急いでやっても五年と思っていたのに。  お母様は美しいお顔の眉間に深いしわを作っていた。  お父様、無理だって断って! え? 無理? 王のいうことだもの、逆らえない? ああ、そうですよね。断れないですよね。無理な仕事でもうちは下位貴族。イエスしか言ってはいけないのだ。    あと2年くらいで終わると思うけど、念のため三年くらいは完成期間がほしい。  お父様、どうするのかしら。  お父様は急いで手紙に封をして、使者に渡した。  ねえ、何てお返事かいたの? お父様。 「では、二週間後。王宮議会でお待ちしてます」  王宮の使者は無表情で告げた。 「いや、む、無理です……、ケガをしてしまいまして」 「それなら代理を立ててください。欠席は許されません」  使者はお父様に告げると、早馬で去っていった。  早馬、早っ! 私の馬と同じくらい早いかも。しっかし、威張ってたな。ちょっとムカついた。  お父様は地図を広げ、王宮のいう鉄道拡大の指示を確認する。駅はうちの一番大きな街のタクラン駅と、ハープス川の橋のところにリバーサイド駅を作る予定だ。それから、領地の境界になる王都入り口駅もつくる。  王宮の指示は、既存のマイミア路線とタクラン駅をうまく使うお兄様のプランと同じだった。お兄様、完璧よ。お兄様、大天才。  うちの計画と齟齬がなくてよかった。これ以上余計なお金と人を使いたくないもの。うちって、貧乏だから。もう人を雇うお金がないのよ。  でも、王宮から早急な工事の要請が来たんだから、これからは公共事業ってことよね? キッと準備金とか、支度金とか、予算がついてばっちり工事ができるってことだよね? 「マリー、すまない」  お父様の顔色がどす黒い。限界じゃないかしら。  長椅子に横になるようお母様が介助する。 「手紙の、三枚目を」  お父様が息絶え絶えにいう。  三枚目に予算について書かれていた。  ええ? うちの負担額が多いわ。多いどころか、ほぼ自己負担。どうして? おかしいわよ。公共事業でしょ、これ。急がせるのは国の都合じゃない。  領民に多くの負担をかけろってこと? 我が国の威信にかけて火急鉄道を通せといわれてもねえ。まったく、まず国家予算からお金くださいだわ。 「困った。この身体で王都までいけるか怪しいし、どうしろっていうんだ」 「お父さまには無理ですわ。お兄様も隣国ですし」 「では誰が行く?」  お父様はお母様と私を見る。  お母様が顔を上げて、「私が」と言葉を紡ごうとした。 「いえ、私が行きます。そしてこの窮状を訴えてきます。それと、その手紙、絶対失くさないようにしてください。お母様はお父様の介護をお願いします」 「ああ、金庫に入れておくよ。マリーが介護って言った……」  お父様はお母様に泣きついている。  前回の人生ではお母様と執事のセバスが行ったんだよね。執事のセバスも男爵家の出だから、王宮議会に付き添おうことが許されたの。今回は、私が行ってきます。闘って、予算をもぎ取ってくるわ!  それに、その手紙、なんで断罪された時に証拠として出さなかったのかしら。おかしいわ。だって、王宮からの手紙、前回の人生でもみたことがあったもの。  お父様はきちんと書類を取っておく人だから、なくすことはないはず。前回の時は何かあった?  私は顔をしかめた。
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