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7 温泉のお金もないのでください
温泉のお金もないのでください
「お金がない」
「お金がない」
「お金がない」
「うるさいですよ。お嬢さま。それにはしたない」
侍女が呆れた顔だ。
だって、貧乏なんだもん。でも1年で鉄道を敷かないといけないし。はあ。前途多難。
「どっかにお金、落ちてないかな」
「落ちていたの拾っても、それはお嬢さまのものではありません」
たしかに。それじゃ泥棒か。ああ、銀行にお金を借りなくちゃ。そのために魅力ある街づくりをしなくては。
頭を悩ませる宿題を出してきたのは、昨日銀行周りをした4軒目のベラルント銀行だった。ユーシベ銀行、ミグレ銀行、ズミアカ銀行は門前払いだったから、話を聞いてくれただけでもマシと言えるのだろうけど。
ベラルント銀行に着くと、応接室に通された。しばらくするとドアがノックされた。
「お待たせしました、ヴィスワフ子爵代行様。鉄道事業の件ですね」
融資担当者が私の顔を見てにこりとした。
「はい。鉄道を領地に走らせ、王都入り口まで敷く計画です」
「鉄道事業そのものは先のある事業ですので、融資は可能なのですが」
「え? そう、そうですよね。ありがとうございます」
明るい未来をありがとう。融資担当者に幸せあれ。わーい。これでもう安心ね。
「ですが」
え? 何かあるんですか? えええ? 嫌な予感がする。
「この返済計画は無理があります。ヴィスワフ領に鉄道が走ったとしても、人はヴィスワフの駅に降りないと思います。ということは観光でお金は落ちてこない。領地が潤わなければ、借金は返済できないでしょう」
「ううう」
ぐうの音も出ません。それは私も考えていたところ。
「まず、人が来るように魅力ある街づくりをしないといけません。ヴィスワフ子爵領は素晴らしい鉱山、宝石加工技術があるのですから、それを生かした何かがあるといいですね。農作物も昨年不作のようでしたが……、今年度は期待できそうと聞いております」
全てご指摘の通りです。現在、街づくりは考え中です。どうして農作物の出来まで知っているんだろう。銀行、こわ!
「ですので、再度返済計画および街づくり計画の提出をお願いします。頭取はヴィスワフの鉄道事業に並々ならぬ興味を示しておりますので、がんばってください」
融資担当者が大きな笑みを浮かべた。
というわけで、領地に帰ってきたのですが。
ああああ。どうしろっていうんだよ。魅力ってなに? おいしいの?
頭をぐしゃぐしゃと掻いたら、侍女に怒られたのだった。
今から宿題をやります。
こういうときって、片付けとか掃除がしたくなるんだよね。ほうきを探そうとしたら、侍女が冷たい目で私を見ていた。
やります。やりますよ。
お父様の執務室の机に地図を広げ、考える。考える。考える。
全然思いつかない。お金もないしなあ。思い切って工房の集まる工業地域を派手にするとかもできないし。
じゃあ、たまに仲買人が立ち寄るだけの、メイン顧客は地元の人たちの商業地区を全面的に新しい建物にするなんてできないし。
人が集まりそうなことって、何? ないわぁ。平和で穏やかな領地だもの。
そもそも特徴あるものって言ったら、宝石くらい? 宝石のデザインや宝石加工技術はカルカペ王国、いや、この大陸一といわれているけどね。でもほら、そういう職人さんって、売り込みは下手なわけで。騙されたとか以前あったから、信用できる仲買人に許可証を与え、許可証をもつ仲買人しか宝石が扱えないようになっている。
このシステムに手を加えることはできないしな。
机の上にあったお父様の紫水晶をあしらった文鎮を手に取る。キラキラと紫水晶が光を受けて輝き、机の上を華やかにする。宝石って、いいわよね。うっとりしちゃう。心が豊かになるっていうか。
机の引き出しの中を見ると、昔私が工房からもらったカットしたときに出た小さい欠片や傷のあるトパーズやアクアマリンがでてきた。私が鉱山近くの道で拾った鉱石もある。
「お父さまに綺麗だからあげる!」
小さいころお父様やお母様に小さい欠片や傷のある宝石をプレゼントしていたっけ。
ぼんやりと見つめていて、思いついた。私、天才じゃないかしら。
こういう値段の安い小さい欠片や傷のある宝石を使って、自分でアクセサリーを作るという教室を開いたらどうかしら。鉱山ちかくで鉱石を自分で掘るツアーとか。
王都との移動時間が短くなるんですもの。うちの領民は見向きもしないだろうけど、王都の方たちには目新しく映るにちがいない。
あとは、富裕層の取り込みよ。どうしたって、うちの職人たちは商売が下手すぎる。何か自分の自慢の一品を披露できるように……、そうだわ、デザインコンテストとか、新作発表会とかしたらどうかしら。
お父様とお母様に相談しましょう!
なんか明るい未来が来そうな気がする。これで完璧よ。
笑みを浮かべ、紅茶を飲む。もう冷めちゃったけど、宿題のめどがついた気がして、ようやく味がした。ああ、うちの侍女がいれるお茶は美味しいわ。
「お嬢さま!」
執事がドアを慌ててノックする。
「どうしたのですか?」
カップをソーサーに戻すとカチャリと音がした。侍女がちらりと私を見て、たしなめる。ごめんなさい。
「なんだかタクランのそばの山のふもとで水がでたと早馬が来ました」
えええ! 水ですか?
やばい。地盤が沈んで鉱山が落石でつぶれるかも。土砂崩れが起きるかもしれない。
被害が甚大になる前に、早くみんなを避難させないと!
あわてて私も早馬に乗って、現場に駆け付けた。
責任者に話を聞いたら、みんな元気そうだった。誰もけが人は出ていなかった。山から水が出ていたわけじゃないらしい。本当にふもとで水が沸いたという。
よかった、よかったよ。水が沸いた? ううん? どういうこと?
巨大な水たまりに湯気が沸いている。
これって、お湯なんだよね。
「お嬢様も、入っていけよ」
「あったけーぞ」
おじさんたちが手招きしていた。
何々? どうしたの?
湯気が立ち込めているところに、男も女も足を突っ込んでいる。
「疲れが取れていいわぁ」
「足の疲れが飛ぶわ」
おばちゃんたちも喜んでいた。
なるほど、温泉ね! よかった温泉で。山の一部を調査していたところ、ふもとの森の奥で湯気を発見。水が出ていたので、少し掘って調べていたら、急に温泉が沸き出したという。
温泉かぁ。温泉ねえ。大事故につながるようなことでないのでホッとした。
「ここに簡単な小屋を建てましょうか」
私の提案にうなずくおっちゃん、おばちゃんたち。
あっという間に端材が集められ、小屋が完成! 簡易的だけど、雨露がしのげて、タオルや着替えなどが置ければいいのだ。
とりあえず、領地のみんなが身体を綺麗にして、疲れを取れるようになった。もちろん男女別。日常で使ってもらえそうでよかった。
温泉かあ。もうちょっといい建物をつくって、使いやすくしてあげたいけど。それに、うまくいけば、温泉観光地として人を呼び寄せることができるだろうけど、先立つものがないんだよねえ。
大きなホテルに温泉施設をつけて、トレジャーハンター体験。宝石つくりにコンテストと展開できたら、いいんだけどなあ。
鉄道事業もあるし。ああ、貧乏が悪いのよ。そうそう、貧乏が悪い。どっかからお金が振ってこないかしら。
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