おくすり

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おくすり

 それから3年後。田村 博は亡くなった。  原因は心筋梗塞の時に出された降圧剤だ。  容量を間違えて飲んだらしい。元々処方されていた薬だし、特に事件性はないという事で事故死で片付けられた。  血圧が高いのはもちろん色々な問題を引き起こすが、実は一番怖いのは、人間に血圧がなくなったら死んだ状態だという事だ。  死ぬ前にいったん上がりきった血圧がどんどん下がっていって人が亡くなることはご存じだろう。  田村 涼子は葬儀の席できちんと喪主としても役割を果し、ようやく49日も済んで、家の中も落ち着いた。  家のローンは支払いが終ったし、息子たちももう仕事をしているので、食費や光熱費では困ることはない。  涼子は息子たちが会社に行った後、仏壇にお線香をあげながら話しかけた。 「ねぇ、あなた。医食同源って知ってる?そもそも食べ物が人間の『おくすり』みたいなものなのよ。あなたもあなたの家族も、あなたが小さい頃から脂っこいものや肉ばっかり食べていたってお義母さんに聞いたのよ。あなたの家の人って、みんな心筋梗塞で早く亡くなっているわよね。だから、私は息子たちにはそうなってほしくなくて、小さい頃から食育をしたの。大人になってもきちんと自分で管理できるようにね。」 「あなたは私がバランスの良いご飯を出した日にはとても不機嫌だった。新婚の頃、『こんなおかずじゃ明日仕事なんてできないぜ。』って私に言ったのよ。まだ、ほんの新婚2週間でね。悲しかったわ。」 「だから、私は決めたの。あなたにはあなたの好きなものを出してあげようって。あなたの身体には良くなかったみたいだけど、その結果は人によって違うと思うの。体質だってあるし。ね?」 「でも、この前心筋梗塞の後に、息子たちの本音も聞いてしまったし、私の気持ちもばれちゃったから病院で貰ったおくすりの中で降圧剤だけ多めに薬を飲むときに出していたのよ。色々揉めるのも嫌でしょ?血圧が下がって調子が良くなればいいし。でも、ちょっと多すぎたみたい。」 「でもね、大人なのに、自分の薬の管理すらしないあなたも悪いのよ。自分の口に入るものですもの。自分で気を付けて口にいれなければね。食べ物も。おくすりも。」  そうして、涼子はお線香が燃え落ちたのを確認して、その日の夕食の買い物に出かけて行った。 【了】  
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