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どちらかといえば
退院後、博の食生活は一変した。
ヘルシーな野菜スープや、魚が増えた。味付けも出汁をきかせてうす味だ。炒め物や揚げ物、焼き肉などは食卓から姿を消した。
しばらくの療養期間を経て、博は会社に戻った。
しかし、会社に戻ると、これまでと同じように飲み会には誘われるし、バーベキューも上司の立場として断るわけにもいかなくなっていた。
家で、ヘルシーなものを食べているのだから、外食の時くらいは大丈夫だろう。病院の薬だって大量に飲んでいるんだし。
博はそんな風に思って、外食はこれまで通り、自分の好きな脂っこいものに戻っていった。家での反動もあり、締めのラーメンまでしっかりつきあって帰るが、家に帰った時にはこれまでのようなミニサイズのハンバーガーはもうなかった。
代わりに締めの小さいお茶漬けが小ぶりなどんぶりに3分の1程盛られているだけだった。
「なぁ、せめて量はもうすこし多くしない?」
博は、薬の管理も涼子に任せていたので、涼子が出してくれた薬を飲みながら、空になったどんぶりを見つめながら涼子に言った。
「あなた。あなたはまた心臓が詰まっちゃってもいいの?お薬飲んでいたって食べ物が大事なのよ?」
涼子にそう言われると何も言えず、そのまま風呂に入って眠りにつくのだった。
そんなある日、息子たちもいい加減30に近くなってきているので、博は2人の息子たちに聞いた。
「お前たちは健康診断引っかかっていないのか?小さい頃だったけど、俺と同じ食事していたんだからちゃんと調べて貰えよ?」
「え?俺たち、今食べているものと大体同じものを食べていたよ。時々はお肉や揚げ物も食べさせてもらっていたけどね。」
「お父さんは油物が好きだからってお母さんが別に作っていたもの。」
『あれ?』
なにか引っかかるものがあった。
さらに息子が言った。
「だってさ、どちらかといえば、お父さんが先に死んだ方がみんなの為だもんな。」
「うん。そうすれば家のローンもそこまでで支払い終わりになるんだし、お母さんがいれば食事の心配はないしね。」
「大体さ、お父さんは会社の事ばっかりで俺たちの事なんて、バーベキューの時のお飾りぐらいにしか思っていなかっただろ?」
「俺たちいい家族のふりするために毎年バーベキューに連れて行かれたんだもんな。暑かったから本当は嫌だったんだぜ。お母さんも大変だって言ってたよ。」
『え?どういう事だ。涼子は喜んでやってくれていたんじゃないのか?っていうか、俺が先に死ぬとか、なんで息子たちは平然と話しているんだ?』
「お前たち、俺が死ねばいいと思ってんのか?」
「いや、お母さんがどちらかといえばお父さんが死んだ方がいろいろ得よね。って小さい頃から言ってただけ。別にお父さんが死ねばいいなんて思ってないよ。」
「まぁ、でも、油物が好きで心臓悪くしてんだからしょうがないよね。」
博は息子たちの言葉で心臓が止まりそうになった。
その日の夜、涼子と話をした。
「今日息子たちと話した時に、妙なことを聞いたんだが?」
「あら、いやぁね、あの子達ったら。私がそんなこと思ってるわけないでしょ?」
「じゃぁ、俺の食事だけずっと脂っこかったのはどういう訳だ?」
「そりゃぁ、あなたが油やお肉が好きだからよ。普通ある程度の年齢になったら自分で気を付ける人が多いのに、あなたそんな気はちっともなかったでしょう?」
「嫌いなもの作って嫌な顔されるより、美味しいもの作ってご機嫌でいてもらった方が私だって楽しいもの。」
と、平然と答える。
「じゃ、じゃぁ、どちらかといえば俺が先に死ねばいいって本気で思っていたのか?」
「あら、だって、私が先に死んだらローンは普通に払わなきゃいけないし、食事や家事は誰がするのよ。どちらかといえばって普通に考えてもあなたが先でしょう?」
「息子たちはコレステロールの心配がない様にちゃんとバランスよく小さいときから気をつけさせているから大丈夫。」
涼子にはちっとも悪気はないらしい。
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