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俺好みの食事
田村 博と田村 涼子は、結婚して30年になる。
博はすでに会社では部長になり、社内での昇進の中でも早い方だった。
それは、ひとえに涼子のアドバイスで、社内の人たちとうまく付き合い、飲み会は断らずに積極的に参加していたことにも起因していただろう。
その他、会社で毎年家族ぐるみでおこなわれるバーベキューなどにも必ず家族で参加した。
そして、涼子はそういった場面で内助の功で美味しい差し入れや、若い頃の博の上司とも楽しく会話をして、社内での博の評判を上げて行ったのだ。
もちろん、仕事もできなければいけないが、博はもともと何でもそつなくこなす方だったので、そのあたりは涼子も心配はしていなかった。
ただ、博は人づきあいが苦手で、どちらかと言うと学生時代は飲み会も不参加、バーベキューなど面倒なことは一切お断りをしてきたのだ。
涼子は子供が生まれるまでは別の会社に勤めていたが、子供ができると専業主婦になった。まだお給料がそれほど多くない博のお給料を上手にやりくりして、夕ご飯も博の好きな肉や揚げ物が出され、博は食事にも、普段の生活にもなにも文句はなかった。
博は涼子の勧めで、飲み会などにすべて出ていることもあり、帰宅は遅い日も多かったが、そんな日でも涼子は必ず起きて待っていて、夜食だと言って、ミニサイズのハンバーガーを作って待っていてくれた。
「もう、遅いから小さいのね。」
と、博の健康も気遣ってくれている涼子を博は本当によくできた女房だと、心から感謝していた。
飲み会の後はお茶漬けだろう。と思う方もいるかもしれないが、博は元々肉好きで、飲み会の後、仲間と締めのラーメンを食べた後でも、帰宅後のこのミニサイズのハンバーガーが楽しみでならなかった。
そんな生活を30年程続けていた。
博は10年ほど前から健康診断でコレステロール値が高いと注意を受けてはいたが、注意の段階だったし、特に具合の悪いところもなかったので、そのままの生活を続けていた。
そうして、博に悲劇が訪れた。
会社での仕事中、突然呼吸が苦しくなり、首や腕の神経が痛んだ。そして、そのまま倒れてしまった。心筋梗塞だった。
救急搬送され、命はとりとめたが、大量の薬を出されることになった。
入院中には食生活についても注意を受けた。
その時に博は、初めて自分の食べてきた食事があまり、体には良くないものだったと気付かされた。
退院した後に、博は涼子に言った。
「なぁ、俺の食事、心臓に悪かったんだって。これからは、医者の薦めるメニューを作ってくれるとありがたいな。」
涼子はさもすまなそうに博に言った。
「えぇ。そうね。あなたが喜んでいたのでずっとお肉や揚げ物ばかりでしたものね。子供達も大きくなったし、これからはヘルシーなお食事にしましょうね。」
と。
博は『子供が小さかったこともあって、あのメニューだったのか。』と、思ったが、実は涼子は、博が帰宅する前に大抵、子供の食事を済まさせていて、実際の子供の食事を博は見たことがなかった。
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