バーチャルヒューマン

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 私が担当した先日のオンラインプレゼンテーションの件について報告があると上司から連絡が入った。  手応え十分で素晴らしいプレゼンができたと自負している私は、「君のおかげで大きな商談が決まった! 心から礼を言うよ!」と満面の笑みで握手を求めてくることを想像しながら意気揚々と上司の元へ向かったのだが、その思いとは裏腹に上司は顔を曇らせて私を待っていた。 「残念ながら君のプレゼンは失敗に終わった」  その言葉に私は困惑した。 「えっ? なぜですか? あのプレゼンの一体何がダメだったんですか!? 幅広く調査を行い様々な角度から分析して導き出した革新的かつ細部まで配慮が行き届いたプランを提案できたはずです。それに一切のよどみなくプランの詳細説明をすることもできました。全てにおいて完璧だったはずです!」  詰め寄る私を前にゆっくり目を閉じた上司はさらに不可解なことを口にした。 「先方の社長も君と同じような感想をおっしゃっていたよ。今まで思いつかなかった斬新な提案で、このプランであれば成功するはずだと確信したし、それを説明する君も何の落ち度もない完璧なプレゼンができていたと。しかし、それがいけなかったようだ」 「一体どういうことでしょうか? 全く理解できないのですが……」  上司はカッと目を開き、私の顔をまっすぐ見ながら話を続けた。 「実はね、社長は少し前にAIを使った詐欺にあっていたそうなんだ」  つい先日、社長は我が社のものとは別件で新規事業の提案をオンラインプレゼンされる機会があったのだという。それは長年のキャリアがあって百戦錬磨の社長でも全く思いつかなかった提案内容で、プレゼン担当者のパフォーマンスも実に素晴らしかったそうだ。そのために社長はその提案に乗ることを即決したのだが、しかしそれは詐欺だったと……。 「提案内容もプレゼンを行った人物も全て最新鋭のAIが生成したものだったのだ。プレゼンを行った企業は、一見双方に有益なプランに感じられるが実際は自分たちのみが大きな利益を得る計画をAIを使って導き出していた。そして社長をうまく言いくるめるためにもAIが生成したバーチャルヒューマンを利用していた。それを見抜けなかった社長は、まんまと騙されたというわけだ」 「そ、そんなことがあったんですか。AIは急速に進化しており新たな用途が生まれているとニュースで目にしますが、まさかそのような詐欺にも使われているとは……」 「そして社長は君もAIがつくり出したバーチャルヒューマンではないか、また詐欺に遭っているのではないかと疑っていたんだ」 「えっ? 一体なぜ私がそのような疑いをかけられなくてはいけないんですか?」 「君が疑われている理由は様々あるのだが、例えばプレゼンの時に君は一言も噛まずに、そして聞いている者にとって心地よい抑揚をつけながら流暢に話を進めたね。そんな君の姿を見て社長は自分を騙したバーチャルヒューマンの話し方に似ていると感じたそうなんだ」 「それは私が努力したからこそのものです! 大きな商談だということで気合いを入れて勤務外の時間に話し方講座に通い、さらにプレゼンの練習を何度も行ってきた成果に他なりません!!」  興奮する私を上司は苦笑いしながら諭す。 「わかっているよ。君が今回のプレゼンに向けて努力してきたことを私は十分理解している。話の続きがあるから、まぁ落ち着いて聞いてくれ。社長が君に対して不安を感じたのはそのことだけではなかったんだ。おしゃれでスマートなスーツを着こなした君は髪型も整っていて清潔感があり、誰が見ても好感を持てる青年だと感じたそうだ。それも怖かったと……。こんなに雰囲気の良い素敵な青年が実在するとは思えないとおっしゃっている。この前対峙したバーチャルヒューマンも人を不快にさせる点が全くなく、とても感じが良かったようでね……。私は君がバーチャルヒューマンではなことを弁明したのだがなかなか信じてもらえなかったんだ」  確かに最先端のAIであれば本物の人間だと見間違うクオリティーで好感度の高いバーチャルヒューマンを生成することは可能なはずだ。ちくしょう、社長に好感を持ってもらおうと見た目についてあれこれ研究していたのも裏目に出たようだ。せっかく高いお金を払って服を買い美容室にも行ったのに……。 「それから社長がキツイ言葉で意地悪な質問を投げかけた時も、君は嫌な顔一つせず冷静な返答をしたね。爽やかな笑顔を崩すことなく落ち着き払って対応するその姿に、こんなに理性的な人物がいるなんてにわかに信じがたい、この男が何を言われても動じないのは感情がないバーチャルヒューマンだからに違いないと確信したそうなんだ」  なんということだ……。本来気が短い俺は、仕事に不利益を生んではいけないとアンガーマネージメントのセミナーに通って自分自身と向かいあってきたというのに、そのことがかえって誤解を生んでしまった! 「君はいつだって手を抜かず、準備万端で完璧なプレゼンを行い、これまでに様々な商談を成立させてきた。君は我が部署の、いや我が社のエース社員だ。このような重要なプレゼンを任せられるのは君しかいないと私は判断していたのだが……。しかし、それは間違っていたようだ」  ため息をつく上司を見て様々な思いが駆け巡った私は懇願した。 「社長と交渉してもう一度プレゼンのチャンスをください! バーチャルヒューマンだと誤解されないように対策を講じて、今度こそ成功させてみせますから!」  しかし、そんな私をいなすように上司はこう言うのだ。 「その必要はもうない。実はあの後、別の者が代わりにプレゼンして見事商談を成功させたんだ」 「えっ? 代わりの者? それは一体誰なんですか?」 「あいつだよ」  上司が名前を口にしたのは、こんな大仕事をやってのけたとはとても信じられない人物だった。 「あいつはこれまで色んなトラブルを起こしてきたお荷物社員じゃないですか!? なぜあいつが!?」  上司が言うにはあいつのプレゼンはこんな風に進んだそうだ。  あいつは大事なプレゼンだというのにいつも通りに遅刻してきた。寝癖のついたぼさぼさの頭にヨレヨレのシャツの姿でたどたどしく話を進める。途中で社長に嫌味な質問をされた時にはイラつきを隠さず舌打ちをしたうえに的確な答えも出さない。さらには提案したプランも穴だらけでどうしようもないものだったそうだが、それにもかかわらず社長はプレゼン内容は二の次にして「人間味にあふれ信頼に値する素晴らしいプレゼンだ!」とご満悦だったそうだ。 「あいつに任せた私の判断は間違ってなかったようだ」と誇らしげに語る上司に怒り心頭になった私は叫んだ。 「こんな理不尽は受け入れられない!! 私は社長に直接会いに行きます!! そうすれば私が実在する人間だと証明できて、あのプレゼン内容の素晴らしさを冷静に判断してもらえるはずです!!」  上司は首を横に振る。 「いや、君が社長に会いに行くことは逆効果を招きかねないからやめたほうがいい。実はつい先ほどこんなニュースが流れてきてね……」  上司は手元にあるノートパソコンの画面を私の方に向ける。そして、そこに映るニュース記事を見た私は肩の力が抜けたのだった。 『AIロボットが急速に進化している。対面した人が実はロボットであったというケースが多発。詐欺が続出している』
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