割れたリーゼント

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その人が自分の兄であることは言わなかった。別にこれといった理由はない。ただ、ここでそれを言ったところで、直子は左門寺を知らないし、その後会話が繋がるとも思えなかった。 「そんなに優秀な人がいるなら、事件もすぐ解決できそうね。だってその人は警察に協力してるんでしょ?」 研斗は「そうだな」と言って、「俺なんかが考えなくても、事件はすぐに解決できる______」と、少し悔しそうに彼は続けて呟いたのであった。 「さーて、そろそろ帰ろうかな」研斗は言って立ち上がる。その腰は決して軽くない。連日の激務は、腰痛持ちの彼に確実にダメージを与えていた。よっこいしょ。と、その歳でそれを言うな。と周りから言われてしまうようなことを言いながら立ち上がった研斗は帰りにジュースでも買いに行こうと一階に降りて、自動販売機でコーラを買う。更衣室に入って、着替える前にそのコーラを開けて、一気に半分ほど飲む。炭酸の独特な味とシュワシュワとした感触が喉を渡り、胃袋に入っていくのを感じた研斗は、大きく息を吐く。それは深いため息にも似ていた。その時、彼の頭の中で何か電撃のような閃きが走ったような気がしたのだが、それがいったい何なのかまではわからなかった。その一瞬の閃きは、生じたとほとんど同時にどこかへと消えていった。 今のは何だったんだろ______。そう呟いた研斗であったが、考えたところでその答えは出てこないので、考えることをやめたのであった。 自宅アパートの一室は、冷たい空気が溢れていた。ストーブをタイマーセットしていくのを忘れてしまったから、部屋の中の空気はまるで外のように冷えている。慌ててストーブのスイッチを入れた研斗は、帰宅途中に何度か電話が入っていたことに気付き、その相手に電話を掛け直した。その相手とは、実の兄、左門寺究吾であった。
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