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夜の町、対峙する三柱
深夜零時。寝静まった者もいれば、いつ降ってくるか分からぬ矢に怯えて家路を急ぐ者もいる。
星一つ見えない黒い夜空の下、埼玉県のとあるビルの屋上の縁に立って、アレスは眼下の町を見下ろした。
獅子を思わせる黄金の瞳に後ろに撫でつけた黒髪。たくましい体つきをしており、古代ギリシャの服装の上に甲冑を身につけている。兜を被っていないが武装している。
ビル風が、アレスの肩にかかった黒いマントを翻している。
「……しつこいぞ。イリス、ヘルメス」
アレスは無表情のまま眼下の町を見下ろして板が、不意に溜息を吐くと、後ろを振り返らないまま、アレスは背後の伝令神二柱に声を掛ける。
物陰に潜んでいた男女の伝令神は不機嫌そうな表情を浮かべたまま、アレスの背を睨みつけている。
風の音だけが三柱の神々の間を抜ける。風の立てる轟音の後、女の伝令神――イリスが口を開く。
「アレスさま。本当は何の理由があってこの地を訪れたのですか」
「だーかーらー、バカンスだっつの。いいじゃねえかちょっとくらい。俺だって仕事の鬼じゃねえんだから、たまには――」
「嘘ですね」
イリスはアレスの言葉をきっぱりと否定した。
「須佐之男命さまがおっしゃっていましたよ。最近国を騒がせている連続殺人事件の犯人を捕まえるために、アレスさまをお迎えしたと」
それを聞いて、アレスは舌打ちした。
――須佐之男命のおっさんめ、余計な事を言いやがって。
アレスはガシガシと頭を掻くと、面倒臭そうに声を漏らした。
今度は男の伝令神――ヘルメスが口を開く。
「お前、本当はハデス伯父さんに頼まれてこの国にきたんじゃないの。それで、調査をするにつれて、犯人が誰なのかお前は突き止めた。……違うか?」
アレスは答えない。
ヘルメスは腕を差し伸べるように上げて、手を広げる。
瞬間、掌の上に一本の矢が落ちる。
「これ、オリオンが使ってた矢だろ。なんでこんなものが地上にあるんだ。お前、何か知ってるんじゃないのか」
ヘルメスの言葉に、アレスは再び溜息を吐いた。
「伝令神ってやつは交渉上手だよな」
アレスはくるりと後ろを振り返った。その表情は、諦めたような、しかし何かを決心したように笑っている。
「推理は正しいが、順序が違うな」
「順序?」
ヘルメスが眉を寄せる。
アレスは頷き、白い歯を見せて笑う。
「伯父上に頼まれたのは本当だ。でも、殺人事件を調査をしろと命令されたわけじゃない。俺はある魂が冥界に来ないから所在を調べてくれ、と頼まれて部下に頼んで調査した。その結果、魂の所在と現在行っている所業を知り、俺が伯父上に頼み込んでこの国に滞在する許可を得たんだ。……まあ、まことの家に転送されたのは事故だったけどな」
頭の後ろを掻きながら話すアレスに、真相に近づきつつあるヘルメスとイリスは表情を硬くした。
「その魂ってのは?」
ヘルメスが尋ねる。
アレスは頭を掻いていた腕をだらりと下げると、今にも泣きそうな表情で笑った。
「もう気付いてるだろ。オリオンだよ。俺たちの義弟になるはずだった男で、三ヶ月前に空から消失した狩人だ」
ヘルメスは信じたくなかった事実に、唇を噛んだ。
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