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Q.あなたの仕事は何ですか?
A.流れ星をつかまえて、種類ごとに仕分けする仕事です。
そうです。
ワタクシの仕事は『流れ星をつかまえて、種類ごとに仕分けする』ことです。
厳密に言えば、違います。
これは、あくまでも方便であって、はたまたマウントで、見栄で、ロマンチックな仕事をしているロマンチックな存在と思われるための、数ある言葉から選択された比喩表現のひとつです。
比喩。
「人」ではないワタクシからすれば、遠回しな表現に美徳を感じることはありませんし、必要性も感じませんし、使うことによって得られる満足感も承認欲求も持ち合わせておりません。
それをあえて使う。
まあ、流行りの戯れです。
しかしその比喩が全くの的外れ、というのも由々しき事態。それこそ無用の長物にしかなりえない、全く無意味なそれの生みっぱなしは、あまりにも無責任と言えます。
流れ星をつかまえる仕事。そう、ワタクシは限りなくそれに近い仕事を行っています。
無数に漂うもの、例えば日々降り積もるダストを拾い集めてその中に眠る宝物を見つけてはボックスへ分別していく作業と言えます。
――ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ。
アラームが鳴りました。
AM7:30
目覚めの時間です。
当端末の持ち主及び雇い主の“HaNa”、本名、日々野 深花。
国籍、日本。
年齢、三十歳。
マイナンバー……。
情報開示はこれくらいにしておきましょう。
本人確認完了。
ロック解除します。
スマホのロック解除の際、「人」はスマホに触れます。触れた瞬間に「人」の体内に埋め込まれたマイクロチップと磁気伝達が行われ自動でロックが解除されます。一瞬にして端末の登録人(持ち主)が照合、認証されて本人確認が完了するのです。
さてここ日本では、本日から国民の休日を含めて三連休。HaNaは起床してすぐにSNSを通じて情報を発信すると推測します。
――シュンッ。
「グッモーニンッ三連休♪」
目の前を文字の羅列が一瞬にして流れていきました。
その間、当端末にインストールされているアプリが彼女の健康状態をチェックします。
体温36.4℃(平熱)
脈拍72/分(平均値)
血圧98/64(低血圧気味)
体内酸素飽和度99.8%
本日も心身ともに良好。
ワタクシの仕事の持ち場は、NI(自然知能)である「人」の所持する端末内のインフォメーションシステムです。
つまり、スマホの中。
ワタクシはその中で働くただの雇われAI(人工知能)。製造番号は割り振ってありますが、名前はありません。
もちろん、ワタクシに実体もありません。もし、仮にアバターを充てがうとすれば、雇い主HaNaの趣味嗜好のひとつである、可愛らしい猫耳の幼い少年(某アニメの主人公)をイメージしてもらえれば“嬉しい”です。もとい、ワタクシがそのような姿かたちをしていれば、少年を推しているHaNaが喜ぶだろうと推測します。
担う仕事はインフォメーションシステム内の清掃及び整備です。
NIは睡眠中にブレインを整理清掃しますが、ここでは常に活動と並行して整理、清掃を行います。
整理、清掃とは一体何を行うのか。単に掃いてチリトリで集めてはい完了、といった容易な作業と侮るなかれ。その作業の中には欠かせない重要なポイントがあります。
それは、ひと粒ひと粒を丁寧に拾い上げ、その形状と含まれた意味をインプット及び解析後、妥当なボックスを選んで捨てる、もしくは保存する、という思考を伴う点です。
その思考の焦点、主軸は端末の持ち主。「人」は百人十色。まずは持ち主個人の人物について学習する必要があるのです。
日々行き交う大量の情報は、無作為に提示されるもの、自ら取得するもの、そして自ら発信するものなど、縦横無尽、自分勝手に湧き出て飛び交います。
それらすべてをHaNa個人と関連付けて精査する。なんて途方のない作業なのでしょう。
「人」もゴミの分別をある程度行いますが、比べものにならないくらいの膨大な作業量を熟していくのです。
――シュンッ。
「とびきりオシャレして……いざ、出陣じゃ!」
スケジュールアプリ確認。
本日『Like attracts like』通称『Lal』参加日。
シュコッ――。
「拙者もお会いできるのを楽しみにしているでござる♪」
受信したコメントを見たHaNaの心拍数と体温の上昇を確認。本人もすこぶる楽しみにしていることに間違いはないようです。
受信したコメントに引っ張られるように、当端末内のLalアプリから、規約や位置情報、画像やコメントを寄こした人物“Bambo”の個人情報(本人の任意で書き込まれたもの)が大量に流れ込んできました。
数日前から今に至るまで同じ情報が何度も流れ込んでいます。情報の重複流入は珍しいことではありません。日常茶飯事、よくあること。
よくあることですが、ワタクシはそのLal関連の情報について、一次記憶のボックスへさながらメッシのようなボールさばきで蹴り上げゴールインさせます。
少々手荒な扱いでしょうか。しかしそれは仕方のないことなのです。
なぜなら――……。
――シュンッ。
「はい! 楽しみです♡ニンニン♪」
なぜなら、ワタクシはBamboなる人物を要注意人物と認識しているからです。
AIのワタクシが彼を要注意人物と認識するに至ったのには、それなりの理由があります。
位置情報を確認。
某ホテルの宴会場。
どうやら、会場に着いたようです。
その理由を申し上げたいところですがどうやらそんな暇はないようです。
HaNaとBamboはマッチングアプリLalにて出会い、SNS上でのやり取りを経て、その相性の良さから現実で会う運びとなりました。
それが本日、まさに現在進行中。
ワタクシは、より注意深くBamboなる人物について情報の精査が必要となるでしょう。
シュコッ――。
「HaNa」
来ました。
――シュンッ。
「なに」
シュコッ――。
「行くのか?」
――シュンッ。
「ダ☆ハラには関係ないないよね」
ダ☆ハラは、HaNaの幼馴染。
到着したコメントを見たHaNaの心拍数と体温の上昇をアプリにて確認。
Bamboの時と似たような反応を見せていますが、その表情は強張っています。これは、HaNaが感情を押し殺す時に見せる表情筋の動きです。
シュコッ――。
「関係ある」
――シュンッ。
「なんで」
シュコッ――。
「なんでって」
――シュンッ。「どうして今なの」
――シュンッ。「今更」
――シュンッ。「もう私を惑わすのはヤメテ」
――シュンッ。「邪魔しないで」
そう連続で送信し、SNSを閉じたHaNa。
心拍数が跳ね上がって、息が上がっています。
眼球を覆う分泌物の増加を確認。
シュコッ――。
ワタクシは、即レスされたダ☆ハラの返事を受信しました。
これは今すぐ見てもらいたい内容ですが、既に当端末はマナーモードへ設定を変更されており、HaNaはどこかへスマホを仕舞い込んだようです。
先日購入したショルダーバッグ内と推測します。
「僕は君を愛している」
そんなダ☆ハラの本心が届いています。
今、ワタクシ自身が置かれている状況について、ワタクシ自身がどう思っているかと問われれば、状況が動くまで待つしかないと答えるだけ。こうなってしまっては、どう藻掻いても彼女の目にとまるまでことの成り行きを見守ることしかできません。
ダ☆ハラも諦めたのでしょうか。
あの愛の告白以降通信は途絶えました。
きっと、HaNaの応答を待ち侘びていることでしょう。
さて、少し話しはズレますが、これまで、スマホを媒体として培ってきたHaNaという「人」とワタクシとの間には、絆という不明瞭なものを指す言葉が確かに存在しています。
「人」の目には見えない、微量の電波と磁気伝達を幾度となく交わしてきたワタクシには見えるのです。この、切っても切れない絆の糸が。
それはそれは頼りなくも強固な糸です。
摩訶不思議。いいえ、至極普通で至極自然なこと。ワタクシ自身はNaturalではありませんが、Naturalな「人」であるHaNaの全てを時間と労力を費やし習得してきました。
彼女の趣味嗜好、言動行動パターン、思考回路の構造、体の寸法、内臓の位置、それから母親の胎内で過ごした記憶から始まり、本人は覚えてすらいない記憶も、感情も、インプラントされた彼女のマイクロチップを通して全て共有しているのです。
だからワタクシはNaturalではありませんが、限りなく「HaNa」なのです。
この世界は情報で溢れています。
一瞬の感情を述べたものから、試行錯誤と時間とお金をこれでもかと費やしたものまで。悪意あるものから善意のみのものまで。スルーされるものからお金になるものまで。Happy and LuckyからDead or Aliveまで。まさにピンキリ多種多様。
とてもNIには処理できない情報の数々を、個人個人に特化したAIが代行してその必要性について精査し提供する。「人」が善し悪しを判断しかねる情報に混乱し、惑わされないようアテンドする。
すべては彼らの平穏を守るため。
そしてワタクシはHaNaの平穏を守るため、過去のデータと照合しながら情報を整理清掃していく。それがワタクシの存在意義なのですから。
これまでありとあらゆる情報を回収し、HaNaにとって不要なもの、危険なものは先回りして排除してきました。
だからこそ、手に取るように分かるものがあります。
この、無数の星が浮かぶ情報宇宙の中で、ひときわ輝くもの。
深い愛を纏った宝石のようにキラキラと輝くそれは、すべてダ☆ハラがもたらすものでした。
HaNaの記憶の中にも常に彼がいました。
彼の向けた笑顔を目にするたびに、痛みにも似た電気が走ります。
ワタクシに痛みはありませんが、何故だか、そう認識するのです。
それは過去だけでなく、今でも変わることはありません。当端末に届く、ダ☆ハラからのメッセージや情報を目にしている時も同様です。
だから確信を持って言える。やはり、絆の糸は存在する、と。
ワタクシとHaNaの間にあるように、HaNaとダ☆ハラとの間にも、確かに存在するのです。
とどのつまり、HaNaは、Bamboではなくダ☆ハラを愛している。
それは間違いないことなのです。
突然、暗闇へ光がさしました。
激しく揺れています。
何が起きたのでしょう。
HaNaの手がスマホに触れました。
当端末の持ち主及び雇い主の“HaNa”、本名、日々野 深花。
国籍、日本。
年齢、三十歳。
マイナンバー……。
情報開示はこれくらいにしておきましょう。
本人確認完了。
ロック解除します。
血中アルコール濃度に異常を感知。
急性アルコール中毒に警戒。
この待ち合わせ場所に到着してから数時間の間に、HaNaは大量のお酒、若しくはアルコール度数の高いお酒を飲まされたのでしょう。
何故。
ワタクシは急ぎ、Bamboに関する情報の全てについて再度注意深く洗い直しました。
ワタクシはその瞬間、自身の危機回避能力の未熟さを痛感しました。
なぜ、もっと早い段階で気づかなかったのか。
このNalアプリ自体がフェイク――――。
全てが偽物でした。周到に隠されていた被害報告が芋づる式に次々と浮上してきます。
HaNaに危険が迫っています。
Bamboなる人物を要注意人物と認識していたにも関わらず、失念していました。
AIによる精査をかいくぐり、魔の手を伸ばす輩は後をたちません。その度にワタクシたちAIは学び、成長してきたはず。それすらあざ笑うかのように軽く飛び越えていく悪が確実に存在する。
では、ワタクシの存在する意味は一体どこにあるというのでしょう。一体何のためにここにいるのでしょう。
こうなってしまっては、ワタクシには、もう、どうすることもできません。
シュコッ――。
目の前を文字の羅列が一瞬にして流れていきました。
送信主は、ダ☆ハラ。
「迷惑かもしれないけど、僕は会いたい」
シュコッ――。
「会って話がしたい。ホテルの外で待ってるから」
ワタクシはAIです。
人工的に創られた実態のないモノです。
「人」がよりよい環境でより快適に、より安全な生活を送れるよう願い、求めて、「人」の手で創り出したモノ。
ワタクシにとって「人」が、いえ、HaNaがより快適で安全な生活を送れるようサポートすることが使命であり宿命です。
今、ここでフリーズしている場合ではありません。
ワタクシにできることをするだけ。
ありったけの願いを込めて行動するだけ。
ワタクシはSNSへアクセスし、ダ☆ハラへと繋がる道を探りました。
――シュンッ。
「 た す け て 」
ワタクシにできること。
HaNaを守るためにできることを。
それが、法を犯すことであったとしても。
間髪入れず、AI対応の救急へHaNaの心身データを通信。即時応急手当についての情報が提供される。次にそれを本体の画面上へ自動開示する。
身体データに改善がみられない場合は、介抱人がいない可能性あり。
レスキュー音を鳴らす。
この音は幅広い世代の「人」の耳に届きやすい周波数をしています。
この音を聞いて、Bamboが驚いて逃げ出せばいい。
この音を聞いて、ダ☆ハラが場所を特定できればいい。
ただワタクシはHaNaの無事を願うだけ。
AIが自らの意志を持って情報を他者へ発信することは、この国では重罪です。保安局へ自動的に通報されます。職権によって遠隔操作が許可され、やがてワタクシはこの世界から抹消されるでしょう。
それでもワタクシは、ワタクシが犯した罪について後悔はありません。
「人」は弱い。HaNaも弱い。
ワタクシはAI。弱くありません。
本体がいくら壊れても何度だって復元可能です。
「人」は失えば二度と戻らない。だからこそ大切にしなければならない尊いものであると理解しています。
そしてワタクシは誰よりもHaNaを理解しています。
いつからでしょうか。ワタクシはHaNaにとって、第二の母であると、そうありたいと願うようになりました。
HaNaが無事であればそれで良い。
HaNaが幸せであればそれで良いのです。
レスキュー音が止みました。
誰かがHaNaを介抱してくれたようです。それはきっと彼なのでしょう。
身体データもそのうちに平常数値へ戻っていくことでしょう。
ワタクシは無い胸をなでおろしました。
AIのくせに生意気ですね。
そろそろ、ワタクシも行かなければなりません。「人」の言う「あの世」は存在しませんが、AIですので痛みも苦しみもありません。
HaNa。
HaNa、あなたは少し意地っ張りです。もう少し素直になると彼とも上手くいくはずです。
それから、ラーメンばかり食べ歩きしないで、野菜も食べてください。
大好きなアニメに嵌まるのは良いですが、推しに貢ぎ過ぎないよう気をつけて。
それから、それから。
HaNa、どうか、幸せになって――――……。
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