スパイですが標的の御曹司に求婚されています

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「現実的ですね。意外だな。佐藤さんがそういうタイプだとは思いませんでした」  颯真は不思議そうな顔をした。軽薄な女だと思われたのかもしれないが、かまわない。 「当然です。婚活ですよ? そもそも恋愛と結婚は別です。地獄の沙汰も金次第。愛情盛るより金をくれ」  結婚にまったく興味がないすみれにすれば、なんとでも言えた。颯真は、「何時代の話ですか」と、楽しそうに笑っている。 「でしたら、たとえば、商社マンはどうですか?」  そして、「乾杯」とグラスを掲げた。 「えっ、ええ。まあ、悪くはないかと」  すみれはハイボールを喉に流し込む、ふりをした。あやしまれないよう、すぐさま次の動作へと移る。  上品な所作で、皿に盛られた生ハムをフォークで口へ運んだ。 「パルマ産のプロシュートですね。熟成期間はおよそ二十四ヶ月。鼻に抜ける芳醇な香り。口に広がる甘みと程よい塩味。もしかして……この味わい深さは、クラテッロ・ディ・ジベッロ?」  豚の腿肉(ももにく)を使うのがプロシュート、もっと柔らかい臀部(でんぶ)の肉を使うのがクラテッロである。すみれが口にしたのは、最高級の幻の生ハムだ。 「正解です。クラテッロ・ディ・ジベッロです。すごいな」  感心したように颯真は言った。 「ええと……商社マンのお話でしたよね?」  訓練を受けたスパイが世界の食通並みの舌を持つとはいえ、余計なことである。すみれは慌てて本題へ戻すのだ。 「そうでしたね。その商社マンですが、希望すれば二十代のうちに海外勤務も可能ですし、本社に戻ってもある程度のポストは約束されています。僕のことなんですが」  ははっ、と颯真は照れくさそうに笑った。 「ご安心ください。秦さんは好物件ですよ。マルシン物産の御曹司ですから」  すみれはあえて爆弾を仕掛け、相手の出方を見ることにした。 「どうしてそれを?」 「だって、プレミアム婚活パーティーですよ」  意味ありげに、すみれは微笑んだ。 「単刀直入に言いますが、僕と結婚を前提におつきあいしていただけませんか」  しかし、颯真は余裕の態度である。 「御冗談を」 「本気です。佐藤さんだって、僕を好物件だと仰ったじゃないですか」 「そ、それは」 「僕は結婚するなら、あなたみたいな人がいい」  颯真がFCバルセロナくらいの勢いで攻めてくるため、すみれはディフェンスを立て直すのに必死になる。 「佐藤さんだから、結婚したいんです」  颯真から熱い視線を投げかけられ、すみれは妙な動悸を覚えた。 「私、御曹司に見合うようなお嬢様じゃありませんよ?」 「かまいません。佐藤さんはそのままで十分魅力的な人ですから」 「そのままで……」  メイクで盛っているのは、さすがに颯真も気づいているはずだ。  顔のパーツはどれもこぢんまりしているし、魅力的とは言い難い。 「すみれさん、僕はこの二ヶ月間、あなたをずっと見ていました。そして、あなたがいいと思ったんです」  これまでの人生で、自分という存在をここまではっきりと認識してくれた人はいただろうか。  罠だと分かっていても、じんわりと涙が浮かぶ。  雰囲気に酔っているのかもしれない、とすみれは目元をぬぐった。
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