スパイですが標的の御曹司に求婚されています

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「親父がとにかくしつこくて。僕は結婚する気なんかないんですが、親父たちの前では、その気はあって相手を探しているということにしておかないと、勝手にお見合い話をすすめてしまうので、大変なことになるんですよ」  情けないような声は、本当に困り果てているという具合だった。 「もちろん、マルシンの創業一族としての責任もありますし、いずれは、と考えていますが。まだ、僕には早いと思います」  創業一族――?  組織から受け取ったデータには、そのような情報はなかったはずだ。  情報操作が行われていると気づいたすみれは、すぐさまマルシン物産の企業サイトをスマホで検索した。  創業:だいたい明治時代  創業者:服部五右衛門  現社長:泉谷のり子  社名の由来:食品問屋としての信頼を大事にしていきたいという思いを込めて、五右衛門商店からマルシン(丸信)と社名変更した。※諸説あり  チカチカと点滅する、『NEW!』というアニメーション画像を、すみれは恨めしげに眺めた。やはり前回閲覧したときと同じく、古のホームページのままである。  それにしても、社名変更に諸説ありというのは、いかがなものか。  あっ!  そこで、すみれはひとつの仮説に辿り着く。  秦颯真  秦  丸秦  マルシン  マルシン物産  ビンゴ!  創業一族というからには、颯真は服部五右衛門の子孫なのだろう。  また、社長近影から、颯真が泉谷のり子の息子であることも容易に想像がついた。  騙された!  つまり、颯真はマルシン物産の御曹司であることを隠して、いち社員として働いているということだ。さらには、父親がすすめてくる見合いを回避するために、婚活しているというスタイルをとっている――らしいが、そこはどうでもいい。  これは一体、どういう罠なのだ。  御曹司が会社の膿なんかであるはずがない。  二ヶ月もの間、踊らされていたのが悔しい。 「はい。では、またの機会に」  颯真が通話を終えて振り返る頃には、怒りに狂うすみれの姿はもうどこにもなかった。
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