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金曜日の夜――ひとまず任務を続行することにしたすみれは、颯真を探るため婚活パーティーにやってきた。
会場は、都心とは思えない広大な庭園を敷地に持つ、ラグジュアリーな老舗ホテル。
ドレスコードをチェックするホテルマンの視線を感じながら、ハイブランドのワンピースに身を包んだすみれは、堂々と豪華な調度品が飾られたロビーを抜け、パーティー会場へと向かう。
会員制のプレミアム婚活パーティーは、身分証だけでなく招待状が必要だ。バッグから招待状を取り出し受付係に見せると、すみれは平然と受付票に偽名を記した。
ワンピースとアクセサリーにバッグやウィッグ、それから身分証と招待状に至るまで、すべて組織が用意したものだ。
ただし、メイクだけは自前である。
昼間の姿からは想像できない淑女へと、すみれは完璧に変装した。くっきりとしたアイライン、束感のあるまつ毛、アプリコット色のリップなどがポイントだ。とうぜん、メイク術もスパイの技である。
目、鼻、口と、パーツはどれも主張がなく控えめで、化粧でいくらでも映えさせることができるすみれの顔は、化けるのに都合のいい顔だった。
今夜は、いつもの二倍、目が大きい。
黒大理石の壁に映る自分を眺め、すみれは数度瞬きする。
知り合いに会ったところで誰一人自分に気づかないだろう、と自信満々に会場に足を踏み入れた。
「シャンパンをどうぞ」
「けっこうです」
ウェイターに差し出されたグラスを避け、体を軽やかに翻す。
薄暗い照明の中、豪奢なシャンデリアの明かりを頼りに、すみれはターゲットを探した。
「投資先の海外ベンチャー企業に出向が決まりまして」
「大企業に籍を置いたまま経営に携われるなんて羨ましいわ」
すぐそばで談笑する男女は、異業種交流会のようにグローバルなビジネスの話をしている。
男性は、身なりやマナーが良く所作がスマートで、何より見た目がいい。恐らく、事業投資に携わる総合商社の人間だろう。婚活市場では、引く手あまたのはずだ。
本気で結婚相手を探しにきたかのように、すみれは男性を素早く分析した。
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