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さらさらと歌うような陽光がフローリングを照らす日曜の朝、俺はコーヒーを愉しみながら新聞を広げていた。
「旅客機が謎の失踪? 乗員、乗客とも機体ごと行方不明……」
事件の概要を読む。妻がカップにコーヒーを注ぎ出してくれる。焙煎された香りが再び、蝶のように俺の鼻先をくすぐる。サッシ越しに、戯れる雀達の声が聞こえて来る。
「眼下に奇怪な村を見た。その後、機体が爆発したという乗客の証言、か」
俺は記事を読みながら、コーヒーに手を伸ばす。奇怪な村か。確かにあの村落は、不気味な……
待てよ。なぜ俺はその村を知っている? それに、この記事はおかしい。乗客は行方不明のはずじゃないか?
「あなた、実家に着いたらお義母様によろしくね」
キッチンに向かった妻がそう言って振り向いた。その弾みで……彼女の眼球がぼとりと落ちた。
「あらやだ、お化粧が落ちちゃう」
そう言った彼女の顔が、鼻が口が頬が、ぼたぼたと床に落ちる。俺は叫ぶことも出来ず、それを凝視する。やがて彼女の顔は髑髏になり、それもぐずぐずと崩れ、体も崩れ。
さらさらと、砂細工が崩れるように、全ての風景が崩れて行く。壁ごと、外の景色ごと。そして寂れた村が現れた。俺は知っている。旅客機の窓から村を見たのは、俺だ。そして今ここにあるのは、その村だ。
村の中央に人が群がっている。彼らがたかっているモノ、それは焦げた人間の死体だ。顔を見るまでもない。それは、俺だ。
一人の男が大きな刃物で俺の死体を解体し始める。待ちきれない村人が、俺の肉を引きちぎって喰い始める。
堪らず、俺は叫んだ。
はっと気が付くと、俺は旅客機に乗っていた。そうか。もうわかった。もうじきあの村を俺は見る。そして飛行機が炎上する。それを何千回、何万回と繰り返すのだ。死ぬまでではない。俺はもう死んでいるのだから、これは永遠に続く悪夢なのだ。
「降ろしてくれ! 俺を降ろしてくれ!」
叫びながら俺は、眼下にあの村を見た。
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