泥棒たちは富豪の家で金庫を開ける

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 早苗は鍵穴をペンライトで照らした。よく見てみたが、それは一般的なピンタンブラー錠だった。広く出回っていて、早苗が最も得意とする錠前の一つだった。  早苗は腰のウエストポーチから、ピックとテンションを取り出した。ピッキングのために考案された、二大道具だ。それらを鍵穴に突っ込み、料理をするように素早くかきまわす。レシピは頭の中に入っている。感覚と経験が、頭の中に鍵穴内の映像をつくりだす。  一分もせずに錠前を開けた。カチンという小さな音が響くと、及川が感嘆の息を漏らした。熟練の技師の腕前に、畏敬の念を感じたのだ。及川もITの専門家であるが、誰だって他の分野のプロフェッショナルの仕事を見るのは楽しい。 「さて、何が入っていると思う?」  早苗がそう問うと、及川が顎に手をあてて考えた。「なんでしょうね。価値のある古い証文とか?」 「世界最古の株券とかね」 「オランダ東インド会社の株券ですね。世界初の株式会社の、世界初の株券。世界に一枚しかありません」 「もしそんな代物が入っていたら、私は明日から泥棒をやめるわ」早苗が苦笑する。 「まあ、とりあえずまずはご対面してみましょうか」  早苗がうなずく。それから、引き出しをあけた。把手をにぎって手前に引っ張ると、長方形の箱は滑らかに動いた。そして、中身が露わになった。黒い布に包まれた、大きな薄い板のようなものだった。 「これはもしかすると、本当に世界最古の株券かもしれませんよ」及川が興奮した声をだす。 「株券がこんな大きいわけないじゃない」 「きっと大きな額縁か何かに入れられているんですよ。早苗さん、はやく見てみましょうよ」  及川がせっつく。それに後押しされるように、早苗は手に取ってみた。持ってみると、案外重量はなかった。大きさはあったが、まるで薄い一枚の板を持っているような感覚だった。 「さあ、開けてみましょう」及川が鼻息を荒くする。指環の話をしてから、彼の心には冒険心が芽生えていたようだった。  早苗が布をめくった。絹でできた高級そうな布は、しゃかしゃかという小気味よい音をたてて、するするとめくれた。まるで女性が、好意を寄せている男性の前で服を脱ぐような軽快さだった。 「あら」 「へえ」  黒い服を脱ぎ、裸になったものの正体を見て、二人は目を見開いた。それは美しいものであったが、あまりにも予想外、意外なものであったため、思わず感嘆の息を漏らしたのだった。
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