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「リザ・デル・ジョコンド」
「それが、モナ・リザさんの本名ですか?」
「そうみたいね」早苗は足を踏み出し、絵に近づいた。なでるように、そっと指先で触れる。「リザ・デル・ジョコンドがこの絵のモデルだと言われているわ。夫のフランチェスコ・デル・ジョコンドが、レオナルド・ダ・ヴィンチに依頼して肖像画を描かせたのよ。『モナ』という言葉にはイタリア語で『私の貴婦人』という意味があって、それでモナ・リザというタイトルになったの」
「日本語に訳すと、リザ貴婦人ってところですか。さすが早苗さん、やっぱり絵のうんちくは豊富ですね」
「ただの受け売りよ」早苗が及川のほうを向いて、少し笑う。「人から聞いた話をただ話しているだけ。べつに絵に詳しいわけでもないし、そんなに興味もない」
「そうですか。でも、早苗さんは絵が好きじゃないですか? 美術館にもよく行くし」
早苗は難しい顔をしていて、返事をしなかった。及川はそれを見てとって、腕時計に目を落とした。ボタンを押して、画面を光らせる。まもなく、丑三つ時の時刻だった。
「寝室を見つけたので、行きましょうか」
早苗は部屋を出て、及川のあとについて行った。大熊によると家主は仕事のために遠出しており、しばらく不在とのことだった。だが、時間があるからと言って無駄に長居するのは得策ではない。できれば三十分、どんなに長くても一時間。その時間内で仕事を終わらせるのが、早苗たちのルールだった。
廊下を歩いた。ビリヤード台のある球戯室を通り、大きな本棚のある書斎を通った。書斎で少し立ち止まり、並べられている本を眺めた。『西洋芸術の理論と歴史』なる本や、『コーヒー事典』なる本もある。早苗はふと、それらの本を見て違和感を抱いた。なんというか、既視感のようなものを感じたのだ。この棚に並んでいる本、どこかで見たことがある・・・そんな気がした。
「なにしてるんですか?」
隣の部屋から及川が顔を出して言った。早苗は首を振って、あとに続いた。及川の後ろを歩いて、廊下に出た。それからまた、部屋のなかを通る。いったいこの家にはいくつの部屋があるんだろう、と早苗は思った。まるで、大型の迷路に入り込んだかのような、脱出ゲームに参加しているような気分になった。
廊下に飾られている絵画を六つ目まで数えたとき、ようやく目的の部屋についた。それは洗面所もついている、広い部屋だった。大きなベッドがあり、そのうえに八角形のシャンデリアがあった。北側には彫刻の施された、黒塗りの美しいクローゼットもある。
「ここに金庫はあるの?」
早苗が訊ねると、及川はペンライトで天井を照らした。見てみると、左の奥のほうに防犯カメラがあるのが見えた。早苗はそれに向かって、手を振った。
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