泥棒たちは富豪の家で金庫を開ける

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「ちゃんと、眠ってるんでしょうね?」 「もちろんですよ」及川が嬉しそうに笑う。  及川はしがない小説家だが、もともとはエンジニアだった。ITの専門家であり、企業でシステムの構築などに携わっていた。その専門的知見と技術を駆使し、警備会社のセキュリティシステムを無効化するのが彼の役目だった。侵入者を感知する各種センサーを無効化し、防犯カメラには過去の映像を再生させる。そうすれば万が一、警備会社の指令センターでカメラの映像がランダム表示されても、早苗たちの姿が映ることはない。いまカメラが映しているのは、昨日の無人の映像である。 「さすがね先生。あなたやっぱり、小説家なんてやめてエンジニアに戻ったほうがいいんじゃないの?」  話を蒸し返されて、及川は不機嫌に顔を歪めた。「もう、その話はやめましょうよ」 「あなたの将来のためを思って言っているのよ」 「親みたいなこと言わないでくださいよ」及川の顔がしわしわになる。  早苗はその言葉を無視して、クローゼットに近づいた。金属製の把手を引っ張り、左右に開く。すると、中には案の定、大型の金庫があった。ペンライトの光を反射する銀色が、重厚感を感じさせた。身長百六十センチの早苗の胸ぐらいまで高さがある。大きなダイヤルが一つだけついていた。 「どうですか早苗さん、開けられそうですか?」 「あたりまえじゃない」早苗が鼻白む。「私に開けられない金庫があると思ってるの?」  及川は肩をすくめた。こちらはこちらで、向こう意気の強い早苗の性格に辟易している。  早苗は金庫のそばにしゃがむと、ゆっくりと全体をなでた。それから、じっと眺める。まるで画家が絵を描く前に、じっくりとキャンバスを眺めるのと似ていた。頭の中でイメージを膨らませ、これからどんな作品を仕上げるのかを考える。早苗はこの瞬間、いつも思うことがある。それは泥棒と芸術家とは、実は似たような存在なのではないか、ということだ。 「早苗さん、どのぐらいかかりますか?」 「十分。十分以内に開けてみせる」  手袋を外した。右手をのばし、ゆっくりとダイヤルをつまむ。金庫破りは繊細な作業だ。それは、ピッキングよりも神経を使う。なによりも大事なのは手の感触で、とても手袋をはめたまま仕事をすることはできない。コンタクト・ポイントを探すためには、わずかな「カチッ」という感触を逃すことはできないのだ。 「早苗さん、僕、トイレに行ってきてもいいですか」 「さっさと行ってきなさいよ」  及川が部屋を出て行く。トイレが近いのも、彼の難点であった。どこの家に侵入しても、毎回必ずトイレを拝借する。早苗の七つうえで、もう三十五歳になるというのに、トイレを我慢することができないのだ。
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