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「昔の人じゃないわよ。今の人、現代人よ。まさか、古代人とか、中世の人間だとでも思ったの?」
「伝説的なとか言うんで、てっきり」及川が頭をかく。
「呆れたわ。そもそも、ルマークの名前を知らないことにびっくりするわ。業界の人間だったら、誰だって知ってるわよ」
「僕の本業は作家ですから。泥棒はただの副業で、業界人ではありません」こういうときだけ、及川は自信満々の表情をする。
「べつにそれはどうでもいいんだけど。とにかくね、ルマークは天才的な泥棒だったの。泥棒だったら誰しもが憧れるような存在、ジャズピアニストでいえばビル・エヴァンスのような存在だったのよ」
「ああ、それならわかります」及川はそのたとえが気に入ったのか、大きく首を縦に振った。
「でね、そんな世界的な大泥棒なんだけど、ある日突然、恋に落ちるのよ」
「へえ、そうなんですか。どこで恋に落ちたんですかね」
「教会よ」
「教会?」及川がすっとんきょうな声を出す。「泥棒が教会に行くんですか?」
「そうなのよ。ルマークは盗みをするまえに教会に行く癖があって、よく足を運んでいたらしいの。そこで、修道女になったばかりの若い娘に一目ぼれするのよ」
「いよいよ、ロマンチックな話になってきましたね」
「まあ、結局はフラれるんだけどね」
「あら」及川が眉をさげた。哀れみの表情を浮かべる。「別れ話は突然に、ってやつですか」
「付き合ってもいなかったらしいけどね。とにかく、ルマークはその修道女に猛アタックをするのよ。これまでに盗んだ高価な宝石とかを持って、何度も女性のもとに足を運んでね」
「確かに世界的な大泥棒なら、ダイヤとかエメラルドとか、うなるほど持ってそうですね」
「でも、残念ながらその女性はなびかなかった。どんなに高価な品物を贈っても、振り向くことはなかったのよ。それどころか、ルマークの正体を見破ったりしてね、説教するの。そんなことはおやめなさい、神様は見ておいでですよ! ってね」
ふっと及川が息を漏らした。口から笑いがこぼれる。「すごく強くて、愉快な女性じゃないですか」
「若いのに、しっかりした子だったのね」早苗も笑う。「でも、ルマークはしつこく粘ったらしいわ。きっと、プライドがあったんでしょうね。それも仕方のないことだわ。なんたって、世界一の大泥棒なんだから」
「なんでも盗める泥棒だからこそ、手に入らないのが癪だったんですね」
「まあ、そんなところ。それでルマークは、最終作戦に打って出るのよ」
「最終作戦。まるで、世界終末戦争みたいな響きですね」
「それが、指環なのよ。ルマークはこれまで盗んだもののなかで、最も高価な指環を女性に贈ることにしたの」
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