泥棒たちは富豪の家で金庫を開ける

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「逆に言えば、それまでずっと渋っていたんですね」及川が肩をすくめる。 「そういうのはいいのよ。とにかく、ルマークは指環を持って教会へ行った。そして、くだんの女性に会って、それを贈るのよ」 「それで、フラれたと」 「そうなのよ」今度は早苗が肩をすくめた。「最終作戦も撃沈するわけ。ルマークはさぞかしショックだったでしょうね。自分のすべてを賭けた、一世一代のプロポーズだったのに、見向きもされずに追い返されたんだから。たとえて言うなら、百戦錬磨のプロボクサーが、ストリートの喧嘩で素人にボコボコにされたようなものよ」 「世界一の大泥棒も、若い娘の心を盗むことはできなかったんですね」及川が腕を組み、感慨深そうに言う。 「で、傷心したルマーク君は、それから行方不明になるの」 「まさか」 「ほんとうよ。大泥棒も、案外うぶなのよ」早苗が嬉しそうに笑う。 「フラれて、人生に絶望して、自ら命を絶ったわけですか?」 「それはわからない。ただ、ルマークがそれから消息を絶ったのは事実。まあ、死んだというのがもっぱらの噂だけどね」 「僕にはよくわかりませんね。いくらショックだったとはいえ、なにも死ぬことはないでしょう。恋愛の傷って、そんなに深いものなんですかねえ」 「それは先生が恋愛をしたことがないからでしょ」 「早苗さんはそういう経験あるんですか? 心に深い傷を残すような、恋愛の経験」 「私のはいいのよ」早苗が顔をしかめる。「とにかく、ルマークは教会で若い修道女に恋をした。そして、気持ちを惹くために指環を贈った。その指環が、ルマークの指環と呼ばれているものなの」 「なるほど、ロマンチックな話ですねえ。でも、どうしていきなりそんな話をしたんですか?」及川は単純な疑問を口にした。 「それがね」ここが大事なのだ、と早苗は声に力を込めた。「長年行方がわからなかったルマークの指環が、つい最近見つかったらしいのよ」 「そうなんですか?」 「そうなのよ。指環については、様々な伝説があったの。やれルマークが宝の地図と一緒に隠しただの、やれルマークの遺体と一緒に秘密の墓に眠っているだの」 「インディ・ジョーンズみたいですね」 「あら、やっぱり先生もそういうの観るんじゃない」 「ハリソン・フォードが好きなだけですよ」 「若い頃のハリソン・フォードはかっこいいわね」早苗も同調する。「まあ、とにかく、ルマークと一緒に行方不明になっていた指環が、ついに見つかったらしいのよ」 「どこにあったんですか?」
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